棒道のこと

ジャイ様

ブログ第一信拝読いたしました。「棒道」、イヤー懐かしいですね 。ブンヤ屋として最初の赴任地が甲府。3年半の在任中は信玄公( 山梨では信玄と呼び捨てにせず、必ず「信玄公」という) の話はいろいろ聞かされていましたが、なかでもロマン溢れる「 棒道」の話はよく耳にしました。八ヶ岳での遭難取材のついでに、 小淵沢町役場に寄って、「棒道」の所在を聞いたりもしました。 その頃(50数年前)はまだ町内に「上ノ棒道」 のほんの一部が残っているだけでした。

私が新聞記者になったきっかけは、当時読売新聞のコラム「編集手 帳」を15年以上書いていた、高木健夫という評論家の自宅に大学 4年の時、新聞スクラップづくりのアルバイトに通ったのが縁でし た。甲府に在任中、高木さんが、八ヶ岳西麓の長野県原村に別荘を 建てたので、よく出かけていました。その別荘の近くに、信玄の棒 道が通っていたと村長から聞かされ、調べてみたがどこだかわかり ませんでした。

その後、東京本社の社会部になり、3年先輩の小学生の息子が夏休 みの自由研究で、信玄の棒道を見たいというので、小淵沢町内に残 っていた棒道を案内しました。草藪になった部分を探して歩きまし たが見つかりませんでした。その先が今では、ジャイさんの別荘の 前にハイキングコースとなっているとは奇遇ですね。 その周辺は、とくに紅葉がすばらしいとか。10月になったらゴル フを兼ねて、棒道の散策を楽しみたいと思います。  初田正俊

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