乱読報告ファイル (31)ジャック・カー ”ターミナルリスト”

冒険小説、といえばロビンソンクルーソーやら十五少年漂流記などといったクラシックから始まって、僕の射程範囲でいえばアリステア・マクリーン(ナヴアロンの要塞・女王陛下のユリシーズ号)やギャヴィン・ライアル(深夜プラスワン)、ジャック・ヒギンズ(鷲は舞い降りた)などなど、世に知られた(大人向けの)冒険小説の傑作はすべて英国人作家のものしか思い出せない。推理小説ならば米国にもヴァン・ダインありエラリー・クインあり、さらにハメット、チャンドラーにマクドナルドなどHB物にも事欠かないのだが、どうも米国人の冒険マインドは常にウエスタンものにあるようで、ロマンの香りが高い冒険小説、というジャンルには思い当たるものがすくない。しかしトム・クランシーに端を発する軍事ものになると、今度はアメリカ勢の作品のほうがはるかに多くなる。しかし例えば レッドオクトーバーを追え を冒険小説と位置付けるのには多少の疑問があり、さらに最近立て続けに読んだ、ハンターキラーシリーズの潜水艦物などは読み物としてはよくできているがこれはなんというジャンルに区分するのか、迷っていたところ、いつもの夕方の散歩に立ち寄る立ち読み場のハヤカワ文庫の棚で見つけたのがこの本だ。解説を立ち読みするとなんでも凄い新人だ、というし、カバーについているいつもの推薦文が僕の好きなリー・チャイルド(ジャック・リーチャーシリーズ)だったのでアマゾンから取り寄せて読んでみた。その報告である。

まず、この本の持つ迫力、というか吸引力みたいなもの、の凄さに圧倒された。英語の本のお定まりの広告文句に pageturner という単語がある。息をつかせずページをめくっていく(ほど面白い)というやつ、あれを今回ばかりははっきりと実感した。それほど、面白かった。

ストーリーはSEALの優秀な少佐である主人公が派遣先で、従来とは違うルートで降りてきた命令に従ってテロリストのアジト殲滅に出陣するのだが、その動きが完全に読まれていて反撃を受け、救援に要請した部隊も巻き込んで全滅に近い打撃を受ける。なんとか主人公は帰還するのだが,隊長としての責任を問われ軍法に従って帰国させられてしまい、その上、重度の脳腫瘍があると宣言される。さらに帰国してみると我が家にたどり着く寸前、家を爆破され、妻と娘が犠牲になってしまう。それに妻は妊娠していたのだ。此処に至って、彼は彼と部下たちが何か巨大な陰謀の犠牲者だったのだと悟り、数少ない友人を頼って少しずつ、実態に迫っていく。そしてその関係者すべてを抹殺する覚悟を決め、実行に移していく。最後の一人を殺した後、自分を支えてくれた女性の計らいで外洋ヨットに逃れる。軍の規則を破り、軍の武器庫から武器を調達し、政府の要人や軍の上司を殺した自分にはいかなる法的保護もないし、重度の脳腫瘍があるのだ。それならば自分の死と対決しよう、と海へ出ていく、というところで終わりになる。

このラストは有名な英国詩人ニコラス・ブレイクが書いた推理小説の名作、野獣死すべし (大藪なんとかなどと一緒にしないでほしいのだが) の結末を思い出させるが、たぶん、この男(ジェイムズ・リース)は戻ってくるな、という余韻のある書き方が、やはり米国人の作品だ。実はその後、彼の電話に残されたメッセージが発見される。主治医から、脳腫瘍というのは誤診だった、喜んでほしい、という伝言だったのだ。

著者は米国海軍の特殊部隊SEALのえり抜きで20年のキャリアのあいだにスナイパーから始まっていくつもの難作戦で指揮官を務めた人だそうだ。したがって実践部分の叙述が迫力に満ち、技術面や作戦行動の描写などは当然素人の書くものとは隔絶した臨場感がある。その臨場感がどれだけホンモノか、は、序文で著者が ”この本の出版にあたっては軍当局の検閲を受けなければならず、その結果、原稿から削除を要求された部分がある、と告白していて、その部分は黒塗りされたまま出版されている。また、戦闘場面で使用されるさまざまな武器、情報ネットワーク機器、そのほか軍機密の事項を示す略号がいやというほど出てくるのだが、それの一覧表が文末に付記されているのが面白い。この検閲後の黒線は翻訳(熊谷千尋)でも同じ個所に掲載されていて、興味深々であるが、略号のほうは熊谷訳では一覧表ではなく引用のたびに原語の直後に示される。例えば

” ….ライフルには….暗視装置でしか見えないATPIAL (アドバンス・ターゲット・ポインタ・イルミネータ.・エイミング・ライトの略で、可視光線および….に照射する装置)…..”

という具合である。これが便利という人もあるかもしれないがとにかく数が多いので、原文のほうが結局読みやすかった。どんなものか知らないがなんせ銃だろう、くらいのことで読み進めたからだ。翻訳というのは因果な商売なのだなあと同情してしまうが、いずれにせよ、通常とは全く違った “軍”という社会の規律の中で、この個人の復讐をどうやってやりとげるのか(例えば上官だとか、次期大統領候補なども対象なのだ)?といった疑問とスリルがこの本を pageturner に仕上げているのだと思う。

ある意味で、僕がターゲットにしている ”冒険・ミステリ” 分野の作品であるかどうかよりも、ストーリーテラーとしての見事さに感心した一冊だった。あらためて翻訳の方も読むつもりで買ってはあるが、カーの2冊目がやはり出てきてアマゾンからすでに到着しているのでしばらくは手付かずになるだろう。ご希望があればお貸しできるのでご連絡をお待ちする。

(最後に思い出したのだが、原本の広告はこの本を THRILLER と表現している。この種の本については今後この定義を使おうと思う。スリラーはヒッチコックの専売ではなかったわけだ)

*********************************

Navy SEALs(ネイビーシールズ,英語United States Navy SEALs)は、アメリカ海軍特殊部隊である。SEALsという名称は、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)と、陸海空のアルファベットの頭文字から取られており、アザラシseals)に意味合いを掛けたものである。陸軍特殊部隊同様、“どこでも活動可能”を意味する。