エーガ愛好会 (154)シェラマドレの決闘  と マーロン・ブランド

(編集子)                               このシリーズでこれほど酷評を浴びた作品もめずらしい。”波止場” で初めて出会い、ゴッドファーザー で醸し出された雰囲気に酔い、西部劇で言えば 片目のジャック では不気味な雰囲気を味わった、エーガ世代を代表した名優にしてこのような結末?を見るのは何とも言い難い気持ちである。

(安田)
マーロン・ブランドは大人になりきれない子供っぽい性格が演技に表れるのが特徴だと思うが、彼は肩で風切って強がり、自分の弱さを覆い隠そうとする悪ガキタイプ。ジェームス・ディーンは逆に決して強がらない。女々しいばかりにナイーブで、自分の弱さを分かってもらいたくて試行錯誤し、母性本能をくすぐるタイプ。つまるところ両者とも成熟しきれないガキなのである。こういう大人になりきれない若者を描いた映画は二人がの登場する1950年代まではなかった。その意味で両者はアメリカ映画界の革命児的存在だったともいえる。ブランドは20世紀最高の俳優とも評され、確かに先に挙げた4本の映画に限っても彼の演技・オーラにはまさに度肝を抜かれた。

それほどの名優マーロン・ブランドが主演する西部劇映画が「西部劇の面汚し」と酷評されるとは・・・・どんな優れた俳優であってもキャリア全期間を通じて光り輝くのは難しかったのだろうし、出演する映画の脚本・監督・共演者なども常に質が高いとはいかなかっただろうし本人のスランプだってあったはずだ。。では、何故、出演をすることになったのか? 光り輝いた’50年代が終わり、’60年代になってからは質の高い映画に恵まれず焦ったのだったのだろうか?

(飯田)
「シェラマドレの決斗」のような、訳の分からない作品を貴重な(平日のこの時間帯に観るのは残りの人生時間の少ない後期高齢者や若くて忙しい主婦や主夫など)午後の2時間観るのならもっと益しな楽しめる、例えば2流映画で言えばコーネル・ワイルドやランドルフ・スコット主演の作品、女優で言えばジーン・ラッセルやヴァージニア・メイヨ主演の作品ならストーリーを度外視してまあ楽しめると勝手に思い込んでいます。

(保屋野)                               ネットに「西部劇の面汚し」とありましたが、全く同感。私も(ビデオで)途中から適当に流して観てました。
マーロン・ブランドが出ていたのは、最後の出演者紹介で知ったが、彼もこの出演を後悔したのでは・・・

(小泉)                                昨日の夜書いた原稿を発信しようとしたら、何通もの「シェラマドレの決斗」に対する感想それも好意的なものはなし?それを読んでから、原稿書き直すべきか?とも考えましたが、昨日書いたままの感想を其の侭送信します。如何に小生の感じ方が異常?なのか。マイペースなのか。

原題The Appaloosaは白と黒のまだら馬のこと。主演マーロン・ブランド(マット)の西部劇。監督がカナダ人のシドニー・Jフューリーという人で、マカロニウエスタンの影響を受けているようだ。主演はマーロン・ブランド、西部劇は「片目のジャック1960」「ミズーリブレイク1976」があるが、どれも西部劇らしくない独自の世界観を作り上げる異色作ばかり。

冒頭から、ラッセル・メティ撮影の画面はメキシコ大自然を捉えた山が湖に映る景観等の映像が美しく、時折クローズアップの望遠レンズの多様等の映像美を見せる。音楽はフランク・スキナーで、スパニッシュギターの静かな音色が印象的。その中を一人馬を進めるが、最初は髭を生やしていてマーロン・ブランド(マット)とは気が付かなかった。ブランドはバッファローハンターなのだが、その唯一の財産アパルーサ馬と共に故郷に帰り、其処でアパルーサ馬を種馬に牧場を始める積りだった。故郷はメキシコ人の養父に育てられ、義弟夫妻ラファエル・キャンボス(バコ)、ミリアム・コロン(アナ)が住んでいる。メキシコとの国境の町に着くと、教会へ行き、唐突に、過去の殺人や女性との関係を懺悔する。此処で地元の強盗団の首領ジョン・サクソン(チューイ)とその情婦アンジャネット・カマー(トリニ)に出会うのだが、その首領にアパルーサ馬に目を付けられ、その後盗まれてしまう。ブランドはその後サクソン一味と対決するものの。縄で縛られ川を引きずり回されたり、サソリを両脇に置かれた腕相撲で負けながらも、首領の扱いに嫌気を抱いた情婦アンジャネットや羊飼いフランク・シルヴェラ(ラモス)に助けられ、結局は岩上での首領との対決に勝利して、ブランドはアンジャネットと共に義弟のいる故郷の家に戻るのだった。

登場人物は、ブランド以外はメキシコ人ばかり{俳優はアメリカ人もいる}、その中でブランドは終始クールで物憂い感じで、大げさな素振りを見せない主人公を演じ、ニヒルながらも存在感を示す。サクソンも怒りを自然に出し、物静かに語るところは悪役には勿体ない感じ。全般的にクールに進むところは好感が持てた。