Screenshot映画公開と時期をいつにするようにローマ教皇フランシスコが逝去した。ローマ教皇は正称、ローマ法王はローマ教皇の通称である。
全世界14億人以上の信徒を誇るキリスト教最大の教派・カトリック教会の最高権力者であると同時にヴァチカン市国の元首であるローマ教皇の選挙を「コンクラーヴェ」(conclave)と言うのを知ったのはイタリア在住の女流作家・塩野七生(ななみ)の著書「神の代理人」を読んだ時、半世紀以上昔。「神の代理人」とはキリスト教カソリック教会の「ローマ教皇」を意味する。
何らかの組織の構成員である人間は、個人各自の持つ業の深さ、権力への誘惑と欲から無縁ではない。ヒエラルキーを持つローマカソリック教会(聖ピエトロ寺院)の教皇選挙においても当てはまることを彼女の著書とこの映画で知る。
そのカトリック教会の総本山・バチカン市国・聖ピエトロ寺院内のシスティーナ礼拝堂で行われるローマ教皇選挙の内幕を描いたサスペンス映画。
嘗て観た「薔薇の名前」1986年(ショーン・コネリー主演、14世紀初頭、北イタリアのカソリック教修道院で起きた連続殺人事件が題材)、「善き人のためのソナタ」2006年(アカデミー外国映画賞受賞のドイツ映画、ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツ諜報機関シュタージのスパイ活動を描く) と同じ味わいを感じた。渋い映画だか、噛めば噛むほど旨味が出てくるような。
Screenshot教皇選挙を指すconclave(英: コンクラーヴェ)の語源は、ラテン語の”cum clavi”(鍵がかかった)で、枢機卿(英: cardinal)たちが教皇を選出する際に、外部からの干渉を防ぐため、システィーナ礼拝堂の密室に籠って会議を行うことから来ている。選挙権を有する80歳以下の枢機卿は被選挙人・候補者でもあり、互選で決める。密室における権力闘争そのものであるが、結論が出るまで外部には一切知らせることはない。長期間にわたる選挙過程と密室性から、日本ではコンクラーヴェをもじって「根比べ」と呼ばれ、イメージにぴったりで言い得て妙である。新教皇が決定すると礼拝堂の煙突から白煙が立ち上り市民は教皇選挙が終わったことを知る。教皇の死から15〜20日後に選挙は始まる。世界中から候補者兼選挙人である枢機卿がローマに集まるのに時間を要するからだ。投票者の2/3を占めた候補者が、選挙結果に同意(受諾)すれば、最終決定となる。最長のコンクラーヴェ期間は13世紀に3年かかったとある。イタリアとフランスの枢機卿が激しく対立して多数派工作が功を奏せず長引いたのだ。因みに、今度の教皇選挙は5月6日に始まると伝えられた。
そのくらい、まさに根比べを必要とする権謀術数が支配するのが教皇選挙なのだ。1500年以上に亘るキリスト教カソリックローマ教皇の存在であるが、現在の教皇選挙方法がほぼ確立されたのは中世の11〜13世紀頃であるという。従って1000年近い歴史があることになる。
さて映画だが、ローマ教皇が死去し、新教皇を選ぶ教皇選挙が行われる。ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)が、教皇選挙のまとめ役を務めることになり、108人の候補者たちが世界中から集まる中で、密室での投票が始まる。
コンクラーヴェを仕切ることとなった主人公ローレンスは公正にコンクラーヴェを取り仕切りたい、と思いながらも不正や差別、スキャンダルな人材には教皇になって欲しくない。自分は教皇になりたくないという強い願望の中でコンクラーヴェを進めていく。
Screenshot公開中の映画なので、誰が教皇になったかネタバレしないが、相応しい人物が選ばれたかについては甲論乙駁ありそうだ。有力な候補者たちも女性や成年者に対する性的ハラスメント、汚職など世俗的問題の関与が明るみになり次々に脱落。また、ローマではイスラム教徒によるテコ事件の勃発もあって、選挙の行方は混沌としてくる。宗教は確信だけではなく疑いや寛容が必要とのローレンスの考えはまさに人間社会の難しさを表した姿ではあった。
予想通り神に仕える聖職者も、人間なんだと思う映画。選挙に勝つために、票を金で買い、弱みを握って他人を蹴落とす卑劣な手法。人の心をくすぐる耳打ち。政治家の選挙と同じだ。聖職者達とは思えないドロドロとした人間らしいドラマ展開が秀逸である。
そして映像は、舞台が歴史的建造物でもあり、独特の衣装も手伝って気高さを感じ丁寧であり光の加減が絶妙である。話がきな臭くても映像が丁寧で細部に心を配っているために品性が感じられた。最終投票に向かう白い傘をさした枢機卿たちを上空から撮った芸術的な映像は、この後の結果を予見させとても印象的だった。映画序盤は出演者と顔と役割が分かりにくく戸惑うが、やがてしっくりしてきて映画が面白くなっていく。
出演俳優たちの中では、ローレンス役の「イングリッシュ・ペイシェント」、「シンドラーのリスト」で好演した英国の名優レイフ・ファインズが目立つ。
いろいろな苦悩を抱えつつも正義感に溢れる首席枢機卿を演じた。ローレンスは結構な高齢(ファインズ出演時62歳)だが人間的に成長し続け前に進んでいく。イ
タリア人映画監督ロベルト・ロッセリーニを父にイングリット・バーグマンを母に持つイザベラ・ロッセリーニは彼女の若き日の名画「ブルーベルベッド」(1986年)の印象が強く残っていたが、

今度は随分お年を召した役(出演時72歳)を演じて、その変遷を吹っ飛ばしてしまっているのにはてとても驚いた。だが、その気品と品格と潔さは全く正反対と言える役どころなのに「ブルーベルベッド」のドロシーに通じるものがあった気がする。一番気になったのはローレンスを補佐していた俳優で、名は知らないがて控えめだが有能振りがほとばしり印象深かった。
最後には原作者が標榜する候補者が選ばれるが、そこまでいく間の悲喜交々の勢力争いはまさに社会の縮図のようだ。聖職者と思えないみっともない話が続出するが、その生々しさが人間の生き様のリアリティを産んでいるので、まさに見応えがあった。そして「根比べ」の最終局面で「戦争は心の中でのみ行うべきものだ」と名演説をした候補者が見事に新教皇に選出されるが、その新教皇には重大な秘密が隠されていた。最後の大仕掛けで、なぜ、この映画を今やらねばならないのか、信仰とは、など、深いテーマが投げかけられているようにも思える。
娯楽映画と割り切って観れば良いと思う。ローレンスの肩の荷が一生降ろせなくなる結末ではなかったか?一生これで良かったのかという”疑念”を抱き続ける結末。これも映画を面白くする結末だ。ミステリーとちょっぴりサスペンスに人間ドラマが味付けされていた、面白い映画だった。
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