エーガ愛好会 (259)  ゴジラマイナスワン  (44 安田耕太郎)

3月11日発表の第96回アカデミー賞で「ゴジラー1.0」が、日本映画として初めてアカデミー視覚効果賞(Academy Award for Visual Effects) を受賞した。受賞式の模様をテレビで観たし、それ以前に映画も観ていた。歴代のアカデミー賞の中で、監督として視覚効果賞を受賞したのは『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックのみであり、山崎監督は55年ぶり、史上2人目の受賞監督となった。彼は、監督、脚本、VFX(後述)の3役を務めた。
ゴジラ(1954年公開)は、戦後直ぐの生まれ(1946年)の僕らの世代にとっては1950年代、「力道山」とならぶヒーローだった。戦後の混乱の中で、日本映画を世界に認めさせた黒澤明監督の「7人の侍」が公開された同じ1954年に、奇しくも最初のゴジラ映画が公開された。映画館で観た時(当時9〜10歳)度肝を抜かれたのを覚えている。ゾクゾクして不安を搔き立てられたテーマ音楽が印象的であった。https://youtu.be/2fJrN5R7Yns?t=2
この最新ゴジラ映画はモノクロ版で、大袈裟に言えば黒沢映画「羅生門」「7人の侍」以来の快挙かも知れないと買い被って、そう思う。
「7人の侍」はハリウッド映画「荒野の7人」(The Magnificent Seven)として1960年、リメイクされ公開、更に続いて、第2作、第3作、第4作と続き、2006年には同じ題名「The Magnificent Seven」が公開された。しかし、リメイク作品はどれもオリジナル作品「7人の侍」の足元に及ばない出来栄えであったかと思う。
もう一方の雄「ゴジラ」も続編が頻繁に作られ、「ゴジラー1.0」は国産の実写映画としては初代から数え30代目の生誕70周年記念作品となる。ゴジラ映画はアメリカ製が数作公開されたが、評判は芳しくなかった。ゴジラの故郷日本で、満を持して最新技術の3DCG (3 Dimenntional Computer Graphics – 3次元空間のコンピューターグラフィクス) を駆使したVFX(Visual Effectsの略:視覚効果)映画として、山崎貴(たかし)が監督を務めた。着ぐるみがメインだった、1954年の第1作「ゴジラ」から2004年の第28作目までと比較すると、VFXを駆使した前作第29代目「シン・ゴジラ」と今回の第30作目は、その映像表現が飛躍的に進化しており、ゴジラ自体の臨場感溢れる表情&迫力に留まらず、戦後の焼け跡からの復興期の日本をリアルに表現していて、嘘っぽい街の描写に苛まれずに観れたのは、大きな進歩で、それだけ映像を楽しむことが出来た。
1946年夏、南太平洋のビキニ環礁で行われた米軍による核実験「クロスロード作戦」により、その近海にいたゴジラは被曝し、体を焼き尽くされたが、それによってゴジラの細胞内でエラーが発生し、その身体は背丈50.1メートルまでに巨大化する。そのゴジラが日本を襲うのだ。ゴジラは「背びれ」だけを海面に出し、もの凄いスピードでターゲットに向かっていく。焦土と化した戦後すぐの日本に、ゴジラは深海から突然現れ相模湾から上陸して鎌倉を、そして銀座を破壊し尽くす。恐怖さえ感じさせるゴジラの”本物感“と街の“実態感“には唖然とさせられる。演出と細かい描写に見惚れてしまうが、ゴリラは破壊的な一種の天然のカリスマ感があり、美しい。
戦後、焼け野原となった日本にゴジラが現れ、戦争の惨禍を生き抜いた主人公ら日本国民に襲い掛かる。「戦後、無(ゼロ)になった日本へ追い打ちをかけるように現れたゴジラがこの国を負(マイナス)に叩き落とす」という意味を持つのが、映画の題名「ゴジラ マイナス ワン」でもある。
想像を絶するゴジラの姿と行動には驚愕感嘆するのみであったが、ストーリー展開は、映像美ほどの意外性はない。海神(わだつみ)作戦と銘打ったゴジラ殲滅作戦を始め、当時の軍隊が言ってみれば出来うる手立てを駆使してゴジラに立ち向かう。この辺の戦闘場面は純粋に娯楽として楽しめば良いのではないか。
今や国民的アイコンとして世界でも人気を博するようになった「ゴジラ」の今後の映画が楽しみではある。