フランスの映画監督ルイ・マルは、1932年10月30日に生まれ、1995年11月23日に鬼籍に入っているから、63歳で逝去したことになる。その全作品は、共同監督を含め22本だが、その内、小生が観たのは最初の4本に過ぎない。つまり、この後には18本もの映画が控えているわけだ。ところが、僅か4本しか観ていないにもかかわらず、マルを語るとは、それこそ神をも恐れぬ大胆不敵な行為と謗られても返す言葉もない。が、英語で言えば、Better late than neverに倣って、それをまーやってみようじゃないか。
「沈黙の世界」(製作年/日本公開年:1956年)。ジャック=イヴ・クストーとの共同監督で、深海を扱った海洋ドキュメンタリー。つまり、マルは劇映画ではなくドキュメンタリーから出発している。ただし、当時、クストーは、アクアラングの発明者であり水中考古学の先駆者として既に名声を博していたことなどから、その陰に隠れ、マルの存在は極めて薄いものだった。従って、小生の記憶の中では、「沈黙の世界」と言う映画は、クストーの作品であると理解しており、その中でマルの役割がどの程度のものだったかは分からない。
ところが、そのマルは第二作(実質的には第一作だろう)で大変身を遂げる。いや、それどころか第一作であるにもかかわらず、大変な作品を引っ提げて颯爽と登場して来る。それが、「死刑台のエレベーター」(製作年/日本公開年:1958年)だ。原作はノエル・カレフ(ブルガリア出身でフランスに国籍変更)のスリルとサスペンスに満ちた同名小説。彼にはこの他に「その子を殺すな」と言う傑作もある。従って、マルの映画もスリルとサスペンスに満ち溢れたものだったが、それを台詞だけではなく誠に秀逸な白黒の画面/画像で伝えたところに、マルの斬新さがあった。そして、小生は、これがマルの最大傑作だと思っている、時に弱冠26歳。マイルズ・デイヴィスのトランペットも話題になったようだが、ジャズに馴染みのない小生にはそれに言及するだけの素養はいささかも持ち合わせていない。
「恋人たち」(製作年:1958年/日本公開年:1959年)。これもドミニック・ヴィヴァン・ドノンの「Point de Lendemain」(英訳本の表題は「Tomorrow」となっている。が、Lendemainとは明日ではなく翌日と言う意味らしい)が原作で、1777年に出版され、1812年に改訂版が出されている。しかし、その内容は、どうもポーノグラフィーとまでは行かないが、可なりエロティックな内容だったらしい。従って、映画化に当たって、マルはその辺の直接的な描写は避けたようだ。この映画は男女の睦の画面があって、それが話題となり、同時にそこに流れる甘みな音楽が一躍有名になった。ブラームスの弦楽六重奏曲第一番第二楽章だ。小生、その睦に誘われてこの映画を見に行ったのだが、それ以上にその背景を流れるブラームスに甚く感激。早速、レコード屋でそのLPを贖って聴いた。ところが、肝心の第二楽章は、大変、良いのだが、残りの楽章はお世辞にも面白とは言い難い。逆に言えば、これは、特に第二楽章を選んで映画音楽に使ったマルの嗜好とか選曲眼を高く評価すべきなのだろう。
「地下鉄のザジ」(製作年:1960年/日本公開年:1961年)。田舎から出て来た、歯抜けの小生意気な女の子がパリで巻き起こすドタバタ喜劇。これもレーモン・クノーの同名小説(1959年)が原作だ。これは話しの筋がどうのこうのと言うより、ハチャメチャなドタバタ喜劇を楽しむ映画だ。従って、この類のものに拒否反応を示す人から見ると、何が何だかさっぱり分からず、誠にツマラナイ映画と言う人も多かろう。小生、この女の子、カトリーヌ・ドモンジョ(当時10歳)が気に入ったのだが、その後、二三の映画に出た後、19歳で引退し、地下鉄の歴史家になったそうだ(地下鉄はウソ)。
こう見て来ると、小生にとってマルの代表作は「死刑台・・・」となる。勿論、他に20本足らずの映画があるわけだが、それこそ、小生、見ていないから何とも言えない。確かに、4本の全てに原作があるが、誤解を恐れないで言えば、話しの筋なんてものは、本を読んでりゃー良いんであって、映画は台詞に加え魅力的な画面とそれに伴う音楽でその意図を如何に伝えるかがその最大の使命となる。往々にして文芸大作と言われる映画が面白くなくなるのは、ただただ筋だけを追っかけているに過ぎない場合が多いからだ。そこになにほどかの、いやそれ以上の工夫が施された画面/画像が加わって初めて映画となる。その意味では、カレフの本「死刑台・・・」とマルの映画「死刑台・・・」は全くの別物と考えるべきだろう。
それにしても、世に言う新しい波「ヌーヴェル・ヴァーグ」とは、一体、何だったのだろう。
(安田)僕は「沈黙の世界」以外の3本と「鬼火」を観ました。日本封切り公開時から随分年を経てからです。ということは、僕が青二才の年齢からちょっとばかり大人になってから。「地下鉄のザジ」は先日、管原さんのご推薦もあり後期高齢者の年齢で初めて観ました。「死刑台のエレベーター」と「恋人たち」に尽きます。共通点は、ジャンヌ・モローが両方の映画に主演(鬼火にも出演)。共に白黒映画。「フィルム・ノワール」の範疇に入るのだろうか。そして最も感銘を受けたのは主題曲の素晴らしさ。ヌーベル・バーグの旗手と云われたルイ・マル監督26歳の時のメガフォン作品。一つ選ぶとすればやはり「死刑台のエレベーター」でしょうか。
「恋人たち」はジャンヌ・モローの美しさと官能的な映像美、そして何と言ってもブラームスの弦楽六重奏曲第一番第二楽章が映画を惹き立てる全てと云っても過言でない位素晴らしい。これら2つの映画を観てから、ジャンヌ・モローの主演映画「危険な関係」(1959年作)と「突然炎のごとく」(1961年作)を後年続けざまに観たくらいに彼女に興味を持ちました。
(飯田)ルイ・マル監督作品は私も「死刑台のエレベーター」「地下鉄のザジ」他には奇妙奇天烈な「世にも怪奇な物語」程度しか観ていませんが、「死刑台・・」は特筆すべき出来栄えの作品と思います。
その成功は菅原さん、安田さんの評論、コメントで尽きると思いますが、少し付け加えるとするなら、原作ノエル・カレフ、監督ルイ・マル、主演のモーリス・ロネ、ジャンヌ・モロー、音楽マイルズ・デイヴィスに加えて、当時のフランス映画界で名を轟かせた撮影のアンリ・ドカエのモノクロ画面のカットとロングパンの撮影の妙があり、演技者では後半にやっと出てくるあの名刑事役リノ・ヴァンチェラのこわもて顔があって、ラストの写真現像室でのシーンで主役二人が、これから受ける懲役10年、20年の刑の重みが増して締まったと思います。
リノ・ヴァンチェラはこの映画でも、ジュラール・フィリップ主演の画家モジリアーニの半生を描いた「モンパルナスの灯」であの面構えでラストに出てくる悪徳な画商の名演技に匹敵する存在感だと思います。
(船津)このエーガに出て来るカメラは一時入れ込んだミノックスカメラ。
(編集子)小生も難しいことはさっぱりわからないが、死刑台のエレベータ、あのデイヴィスのトランペットは印象に残っている。映画そのものよりも音楽が記憶に残る、というのはよく経験する。小生の場合はなんといっても 白い恋人たち だが。