現在北杜市の外気温7度快晴,冷え込みも緩み風もなく過ごしやすいです。ここ数日黄砂が飛来して山が霞んでいます。
移民についての議論-横丁老人の感想
ここの所、外国人との共生、についての議論が多い。趨勢として今までの一国主義だけでは国が成り立たなくなりつつあるのは、グローバリゼーションという、いわば我が国から見れば外向きの姿勢が問われるようになった時点から多方面、特に企業戦線において活発な議論が起き、しかるべく対応が試行錯誤を重ねながらそれなりの方向や姿勢が定まりつつある。他方、我が国への外国人の到来、ということが、観光客の範囲から移民(長期滞在をふくめて)、という形をとるようになって新しい挑戦があり、問題課題があらわれつつある。幸か不幸か、形式はともかく実質的には米国企業であった会社に偶然とはいえ籍をおき、サラリーマン人生を全うした関係で、むずかしい議論はさておいて、いわゆるガイジン、との日常の接触を(外国駐在のケースとは根本的にことなる環境で)経験させられた経験にてらしてみて、それなりに感ずることは多々、ある。
その中でも苦労が多かったのは、とにかく、あんた、文化も何も違う国にいることを忘れてもらっちゃ困るぜ、ということだった。この ”違い” は言葉がわかれば解決する、だから日本語の分かる米国仕込みの日本人を派遣すればよかろう、という安直な判断で、米国で教育を受けた日本人(日本で大学卒業後かの地で教育を受けた人)、が何人も送られてきたことがあった。編集子も直属の部下に米国流MBA修行を積んだ、そういう”日本人”を持った(持たされた、という方が率直な感想だが)ことが数回ある。結論から言えば、誰も成功しなかった。確かに言葉はわかる(もちろんだが)のだが、だから日本がわかる、という方程式は全く機能しなかった(小生のマネージメント能力にももちろん問題はあったかもしれないが)。その中の一人が、ある時、(俺たちバナナだからな)と自嘲した。どういう意味だ、と聞いたら、皮は黄色いけど、中身は白い、ということだ、と言ったものだ。
先週、1冊の小説、一つのテレビドラマ、に接する機会があった。といっても新しいものではない。2008年にかかれた大沢在昌の ”冬の狩人”、かたや絶頂期の渡恒彦主演,十津川警部シリーズ、だからやはり2000年代の産物の中から偶然再放送に出会って録画したままになっていた、”九州特急あずさ号事件” である。この二つはいずれも(というか大沢の狩人シリーズはそれが主軸なのだが)東京新宿に跋扈する中国系マフィアとの話だ。内容はともに事件の背景に政財界の黒幕がいてそれが暴かれる、というこの種のドラマの代表みたいのもので、それ自体になにかがあるわけではないのだが、伏線として、自分でも図らずもマフィアにくわわってしまった男に、警察が何とか接触しようとする、という共通するプロットがある。そのとき、この男が口にするのが、”日本の警察は中国人でも守ってくれるのか” という疑問、だった、といいうのが引っかかった。日本語には不自由はしないが、も一つ、日本の社会構造が理解できないし、信用できない、ということなのだろう。
いま、外国人特に中国や東南アジア系の滞在者が絡む犯罪が多発している。これにどう対応するか、関係者の熟慮断行が期待されるのだが、彼ら外国人の間に起きている、日本国のシステム慣行やへの不安、というものも大きな課題なのではないか、と思ったことだった。
本論とは全く関係ない別の話だが、先に ”枯葉色グッドバイ” という佳作について書いた。このシリーズの主人公がもつ雰囲気が小生のイメージするハードボイルド、なのだが、上記した大沢の狩人シリーズの主人公についても同じような親近感を持った。肩の凝らない一冊、としてお勧めする次第。脇道、ご容赦。
(44 安田)
上野東照宮の花 (普通部OB 船津於菟彦)
毎年、この時期になると上野東照宮の冬牡丹を撮影に伺っておりま
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉は、美
• 「立てば芍薬」は、イライラして気が立っているときに芍薬がよく
• 「座れば牡丹」は、血の巡りが悪く、動きが鈍くなったときに牡丹
• 「歩く姿は百合の花」は、心身のバランスを崩してふらつく状態(
牡丹と芍薬の違いは分かりにくいですが、どちらも花言葉は恥じら
いずれにしても王者の風格を漂わせていますが、薔薇のように華や
寛永寺の五重塔は、蝋梅や三つ叉と共に風情を高めています。寛永
人老いて幼なに還る寒牡丹 福田蓼汀
冬牡丹きりきり生きることの愚よ 鈴木真砂女
君がために冬牡丹かく祝哉 正岡子規
囲はれておのれを尽す寒牡丹 佐藤信子
天地の色なほありて寒牡丹 高浜虚子
寒牡丹白光たぐひなかりけり 水原秋櫻子
晴るる日も影をくづさず寒牡丹 鷲谷七菜子
エーガ愛好会 (353) グラディエータ (普通部OB 菅原勲)
久し振りに映画を見た。それは、2001年のアカデミー賞作品賞を獲得した、英国のリドリー・スコットが監督した「グラディエーター」だ。
話しの筋は、以下の如く、極めて単純そのものだ。リチャード・ハリス演ずる古代ローマの皇帝アウレリウスは、ゲルマン族を打破するなどの功績でラッセル・クロウ演ずる将軍マキシマスに次の皇帝の座を譲ろうと考えていた。これを知ったホアキン・フェニックス演ずる野心家の王子コモドゥスは父を絞殺して王座を奪い、マキシマスに死刑を宣告。マキシマスは故郷(どうやら当時のスペインらしい)へ逃れるが、コモドゥスの手下に妻子を殺されてしまう。絶望の中、奴隷に身を落としたマキシマスは、やがて剣闘士(グラディエーター)として名を上げ、闘技場で死闘を繰り返しながらコモドゥスへの復讐を誓い、最後は見事にコモドゥスを刺殺し、自らも息絶える(小生、未だに何が原因でマキシマスが死んだのか良く分からない)。
従って、一言で言ってしまえば活劇なのだ。そして、製作費は103億円も掛かっているらしいが、金を掛けたからと言って面白い映画が作れるとは限らない。また、物量で圧倒しようってんだろうが、そうは問屋が卸さない。
小生、へそ曲がりなもんで、寡黙な主役を演じたラッセル・クロウ(これでアカデミー賞男子主演賞を獲得)よりも、その敵役を演じたホアキン・フェニックスが大変気に入った、確かに少々クサイ演技もあるにせよ。最初から最後まで憎たらしさが横溢していたのは見事だった。
しかし、リドリー・スコットにせよ、ラッセル・クロウにせよ、はたまたホアキン・フェニックスにせよ、小生にとって、これが初めての出会いだ。つまり、小生の映画鑑賞は、1950/60年代が中心であり、近頃の映画は殆ど見ていないことになる。
ローマ時代を描いている映画として、例えば、 リチャード・バートンの「聖衣」(1953年)、
チャールトン・ヘストンの「ベンハー」(1959年)、カーク・ダグラスの「スパルタカス」(1960年)などがある。確か、「聖衣」は、横広がりになっているシネマスコープの第一作だったのではないだろうか。これらもみんな1950/60年代の映画だ。
アカデミー賞の作品賞と言っても、最近、小生が見た例で言えば、2018年の「シェイプ・オブ・ウォーター」がある。こんな駄作、愚作にアカデミー賞が授与されるなんてアカデミー賞の質が益々劣化して行く。この「グラディエーター」もご多分に漏れずその範疇を逸脱することはない。これで、小生、愈々、アカデミー賞なんて信用できなくなって来た。この興行の成功に味を占めて、「グラディエーター2」が作られたらしいが、この二番煎じであるならば、見る必要はないだろう。
最後に全くの蛇足だが、製作国は米国となっている。しかし、監督のスコットは英国、男子主演のクロウはニュージーランド、男子助演のフェニックスはプエルトリコ、女子助演(コモドゥスの姉役)のコニー・ニールセンはデンマークと言った具合に、主なところは米国以外の俳優によって占められている。
(編集子)率直に言って、スガチュー、よく見る気になったな! という感じである。小生、文中にある ”聖衣”、シネマスコープ第一号、を普通部の2年生の時だったと思うが、全学年の課外授業に映画見学、というのがあって、確か日比谷映画で見た。話がよくわからないまま、なんだか薄気味悪い映画だなあ、と思ったものだが、その後、今度は ”クオヴァディス” でこの種のスペクタクルがすっかり嫌いになった。よせばよかったのだが(これは大学になっての話)とどめに題名も忘れてしまったがカルタゴの戦いをどろどろしく描いたやつを、空き時間に5,6人で見に行って、辟易してしまい、以後、スガチューがあげている作品をふくめ、”ギリシャローマ時代プラスキリスト教がらみスペクタクル” は一切見ていない。なんせ、しつこいんだ、どれも。やっぱり万物、死んだら神になる、という我が国伝来の単純な信仰のほうががよろしいようで。
扇山のこと
西高東低の典型的冬型天候の中、強風にあおられ続けて扇山の火災が鎮火できない。山梨ではあちこちに注意報が出ていて、編集子のセカンドハウスがある北杜市当局はここのところほぼ連日、火災注意報を出し続けている。この山は中央高速ですぐそばを幾度となく通っているが,視角の関係で走行中に確認できない。ああ、あのあたりか、という感じは持っていた程度だ。
百蔵山、権現山とならんで郡内三山、なる呼称がある、とは今回調べてみて初めて知った。富士の展望がよく、初級山歩きの場としてよく紹介される。KWVでも初心者のトレーニング山行プランでおなじみだったし、僕の記憶が正しければ、2年の秋、親友横山(小山田)美佐子がここで部員としての一つのメルクマール、”初リーダー” を務めたはずだ。小生自身,このプランに参加はしていないが、美佐子の相談に乗ったような記憶もある。あるいはほかの時だったかもしれないが。
近くにはプレーフィの安いパブリックコースがあり、ゴルフに熱中した時期にはこのあたりに行ってはいるのだが。いずれにせよ、山山の名前が呼び起こす感傷のようなものがあるようだ。
山梨、神奈川、東京つまり甲、相,武三州の交錯するこの山岳地帯は甲州の雄、武田信玄にとっても重要な天然の要塞を成していて、この山近く、武田と織田方とが折衝を行ったあたりが談合坂、と呼ばれ現在では中央高速ルートの重要ポストであるパーキングエリアになっているのはご存じの通り。
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扇山(おうぎやま)は、山梨県大月市と上野原市の境にある山。標高は1138メートル。山梨百名山の一つ[1]。当山の西側の百蔵山、北側の権現山とをあわせて郡内三山という。大菩薩嶺から伸びる尾根である牛ノ寝通りが、松姫峠、奈良倉山、佐野峠、西原峠、麻生山を経て権現山まで続く。そこからさらに支脈として南側に伸びる尾根が相模川水系の桂川によって終わる位置にある。山の南側には秩父山地と丹沢山地をわける境界線[3] の藤野木-愛川構造線[4] があり、扇山断層崖がある。
スイートアリッサムってご存じですか (41 斉藤孝)
恒例の七福神巡り (44 安田耕太郎)
KWV昭和44年卒の13名は、
ふるくから小石川界隈にて参拝されていた七福神に、
成人式の日です (普通部OB 船津於菟彦)
墨田区はすみだトリフォニーホールにて、実行委員会が策定したテ
20歳という年齢は、人生における単なる通過点に過ぎません。1
2006年の出来事
• ■日本の65歳以上の人口率が世界最高、15歳以下の人口率が世
• ■ライブドアの堀江貴文社長が証券取引法違反容疑で逮捕
2006年(平成18年)流行語
• ■イナバウアー (トリノオリンピックのフィギュアスケート金メダリスト、荒川静
• ■エロカッコイイ (倖田來未さんのセクシーな衣装やスタイル)
• ■格差社会 (所得、教育、職業など様々な分野において格差が広がり、二極化
– シンジラレナ~イ(パ・リーグ優勝時に、日本ハムファイターズの
– たらこ・たらこ・たらこ(キューピーのCMに登場する「たらこキ
– ハンカチ王子(夏の甲子園を盛り上げた早稲田実業の斎藤佑樹選手
– メタボ(肥満、高血圧、高血糖、高脂血症などが重複して発症する
中国経済は高成長を続け、2006年も4年連続で成長率が10%
このような状況下で生まれた方々が成人し、いよいよバトンは次世
Sunset という響き
先日アップさせてもらった畏友菅井君からの論説の終わりに、話題になったHP3000という型名のシステムの写真をUSGoogleから転写した。参考までにと写真のほか、解説の一部を転載しておいたが、その部分を読み直してみて、最後の行が気になった。原文は下記のとおりである
・・・・evolving from 16-bit to PA-RISC architectures until its sunset in the 2000s・・・
3000という型名で作られてヒットした製品はアップグレードを重ねていった結果、その構造自体を RISC(reduced instruction set computing)という方式に根本的に改造して処理速度を飛躍的に伸ばし、次の世代につなげていく。したがってそれ迄の3000という名前のシリーズはなくなるのだが、その終焉をあらわすのに sunset という単語を用いているのが小生の心にアピールしたのだ。
sunset, 日没、という単語自体は初級英語からおなじみだしこれはもちろん小生だけの心理的な反応にすぎないのだが、物事の終焉,ということを、うまい形容詞がみつからないがおだやかに、あるときはロマンティックに表している、深みのあることばだと思うのだ。
かつて、良き、伝統的なアメリカ人の典型であったレーガン大統領はみずからが病を得たことを知って引退するときに、たしか、”自分はあの海のかなた、sunset の彼方へ行く”、というようなスピーチをしたように記憶している(余計なことだが彼に比べるとトランプ、なんてのがなぜ後を継ぐことができるのかが理解できないのだが)。この時彼が使った sunset という一語は去り行く歴史の一駒をあらわすのにもっともふさわしい形容詞であったと思っている。
これとは全くちがった例だが、カントリー音楽のベートーヴェンと称されるハンク・ウイリアムズには Beyond the sunset という名曲がある。ウイリアムズの歌詞は If you go first and I remain という一句で始まり、近づきつつある愛妻との別れ、という人生の区切りをどう生きるか、を切々と歌う。ここでは人間の必然を穏やかに表すのがまさに sunset という一語だ。
かたやイ―ジ―リスニングならば、ユーゴー・ウインタハルターのCanadian Sunset があり サム・テイラーには Red sails in the sunset がある。これらの場合はsunset はその日の終わりを告げる自然の壮大なシヨウを賛美する意味だし、エーガでいえば、”黄色いリボン” のエンディング近く、真っ赤に夕陽に染まった荒野を、去っていくジョン・ウエインを吉報を携えたベン・ジョンスンが追いかけていく、あのシーンも同じ感覚で僕の sunset のもう一つのイメージである。
それに比べると、sunrise といく単語はあまり思い浮かばない。ニューヨークに駐在していた同期の大塚を訪ねた時、彼がちょうどいい、ということで設営してくれたのでありがたく鑑賞した 屋根の上のバイオリン弾き(Fiddlers on the roof) で歌われた挿入歌がたしかSunrise,sunset, とリフレインしたのはよく覚えているのだが、ほかには sunrise, がひびく作品は思い出せない。
そういえばハリウッドを連想させる大通りがサンセットストリップであり、テレビ放送黎明期のアメリカ製ドラマ全盛のころ、たしか日曜日が放映日だったのがサンセット77,エフレム・ジンバリスト・ジュニアの渋い演技が光ったものだった (ついでにいえば、7日間、同じ時間帯にならんだのが拳銃無宿、ライフルマン、コンバット、ララミー牧場、ローハイド、などなど、あの頃のドラマにかけた意気込みはどこへ行ってしまったのか、と思うのが昨今のテレビドラマの貧困さだ)。ウイリアム・ホールデンが溺死してしまうという衝撃がはしったのがサンセット大通りであることはご存じの通りだ。
なぜ、この地に sunset という単語が選ばれたのかは知る由もないが、アメリカという国の開拓期に西へ西へと旅を重ねた開拓の人々に、その先に何があるか、という希望を表すものが西に輝く太陽だったのではないか。デスバレーを旅した時、Wagon Burning Point という標識に衝撃を受けたものだった。カリフォルニアにすべてをかけて旅してきた開拓民が旅の終わり、というか力尽きる寸前、最後の頼りだった馬車を燃やして砂漠を抜け出した地点だという。この人々は間違いなく太平洋の彼方に沈む太陽を、すなわち sunset を、ことのおわりではなく新しい希望としてうけとめたのではないか。このあたりに四季の移ろいを感じ、春の芽吹きが木枯らしに散っていくことを穏やかに見つめ、侘び 寂び という感性に結露する日本文化との違いがあるのかもしれない。
(普通部OB 船津)夕暮れは悲しいというか物憂い心地ですね。明日への——。期待と
冬の日の沈むを惜しむわれのみか/星野立子
なき人のあらば尋ねん秋の暮 正岡子規
一切の音断ちて臥す秋の暮 野見山朱鳥
一日は何をしたやら秋の暮 正岡子規
こっちも正月はテレビでした (学生時代クラスメート 飯田武昭)
暮れから新年のテレビ番組(NHK)から一言感想を記します。
・ウイーンフィル「ニューイヤーコンサート」は今回初登場の指揮者ヤニック・ネゼ・セガン(50歳)の溌溂たる演出と指揮ぶりで、大袈裟に言えば画期的なニューイヤーコンサートになった気がした。指揮者セガンはカナダ・モントリオール生まれ、カナダで著名になった後、アメリカで活躍、近年はヨーロッパでも活躍しているようだが、今回の抜擢はコロナ禍のウイーンフィルのアメリカ公演での助人指揮者が切っ掛けだったとのこと。演奏曲目でも女性の作曲家2名(ヴァインリヒ(1780~1842)とフローレン・プライス(1887~1953))の曲を取り上げるなどの新鮮さを出した。
特にLive撮影のカメラアングルや曲と曲の間の撮影がこれまでと違ったシャープさも感じた。但し、例年話題のバレエ・シーンは現代的な振付家ノイマイヤーで、私の好みとは異なる演出・振付で残念だった。
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・円山応挙 165面 奇跡の寺(兵庫県 大乗寺)(1月2日)は兵庫県美方郡香美町にある別名応挙寺と呼ばれる寺のようで誠に質素な古刹のようで、出来れば今年に是非訪れたいと思った。円山応挙の弟子に呉春という絵描きが居たようで、大阪府池田市に本社のある酒造メーカー「呉春」は、その絵描きの名から取っていることを初めて知った。灘五郷(西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷)とは別に、伊丹の「白雪」や池田の「呉春」はこちらの “とかいなか” ではつとに有名だが、「呉春 特吟」のぬる燗が特に美味い。
・私の自叙伝「石原裕次郎 訪問インタビュー」(45分)成城の自宅をNHKアナウンサーが2度訪問(1984年頃)したインタビューの再放送。俳優臭くない裕次郎の本音の言葉が聞けたように思う。中司 恭さんが一押しの「俺は待ってるぜ」のラストの二谷英明との長い殴り合いのシーンについては、当時は喧嘩のシ
ーンのコーチが居ないので(近年は喧嘩シーンのコーチが居るらしい)、二人で何度も何度も殴り合って数時間かって撮影したと言っていた。
・アントニオ・ガデス舞踏団バレエ「カルメン」(2025年スペイン セビリア)(110分)は原曲ビゼーの曲を適宜使いながらスペインのフラメンコ・ダンスを中心に、ラテン系の色彩豊かな舞台衣装も楽しめた。










