乱読報告ファイル(9)  大佛次郎 帰郷 再読

我が家の家系にはいわゆる理系の人間が少ない。東大理学部で半導体の基礎理論を専攻し、防衛大の教授だった母方の従兄弟が一人いるだけである。それとどちらかといえば女系家族で、これはまたワイフの家系も同じである。女系を蔑視したりするつもりは毛頭ないが、なんとなく理系の女性、というイメージが湧いてこなかったのだが、なんと孫娘の一人が志を持ってこの道へ進み、現時点では大学院に在学中である。嬉しい誤算,といえば本人は怒るだろうが、祖父としては大満足している。彼女の専攻は建築なのだが、中でも環境問題とか都市問題とかいった現代的な問題意識を持ちながらこれからの進路を考えているらしい。

きわめて標準的なサラリーマン生活を過ごした自分自身のこれまでを振り返ってみて、それなりに企業なり社会なりにささやかながら貢献してきた、とひそかに自負は持っているのだが、それがなんだ、と言われても他人に理解してもらうことはまずできない。その点、建築とか土木という分野では、その結果が万人に、専門家でなくても自分の目で見て、感じて、理解してもらえる。かつてテレビの番組で青函トンネルの掘削で土工をやっていた、という年配の人が、新幹線に乗ってトンネルを抜けるとき、”ここを俺は掘ったんだ、って誇りを感じる”、と言っていたのを見て、つくづくうらやましく思ったことがあった。

そんなわけで、彼女の将来には限りない期待をしているわけだが、その結果が街であれ建物であれ、人々に共感を呼ぶものになるには、(もしそれが日本に存在するのならば)日本人の心のありかたというものにマッチしたものでなければならないだろう。それが何なのか、人によって解釈は違うだろうが、冷静な目で、距離を保ちながら日本人の心、一口にいわゆる日本文化、などとくくってしまえないような心情のひだ、というか、そういうものを理解する機会をいくつも持ってほしい。そういうつもりで、自分なりに日本人、というものの解釈をさせてくれたこの本をプレゼントしようと思い立った。正確な記憶があるわけではないが、たぶん高校1年の時、人並みにヘッセだとかシュトルムなんかをかじり始めた時期、どちらかといえば地味なこの本にどうしてたどり着いたのかは覚えがない。しかし外国文学にはない”何か”を、それを日本人の心というのが正しい表現かどうかわからないが、そういうものをこの本から得た。そのことを彼女に伝えておきたい、と思ったのである。とりあえずアマゾンを探してみたら、この本の英訳版があることを知ったので、(外国人が日本文化のありようをどう訳すのか)を見てみたいと思って、最新版を2冊と英訳版を合わせて購入した。英訳版はまだ、手を付けていない。

”帰郷“ は第二次大戦直後、混乱の真っただ中にあった日本、全国民が心の支えを求め続けていた時期に書かれ、昭和25年度芸術院賞を受賞した作品である。事情があって罪を自分で被り、そのために祖国を去らねばならなかった主人公、旧帝国海軍の将校守屋恭吾が、敗戦後の日本へ帰ってくる。妻はすでに他人に嫁いでいるし、そのありようも全く違った世界になっている。ただ、自分が知っているのはほんの幼女にすぎなかった娘を一目見たい。その思いを彼に好意を持ち始めた女性(高野左衛子)の助けを得て、実現させる。娘には自分の正体を明かしたくない、と思っているのだが娘のほうは実情を左衛子から聞いて、父の存在を知っている。二人は京都の古刹で再会するのだが、父のほうは娘が実情を知っていることを知らない。この場面は原作ではこう書かれている(手元にある昭和25年10月、第六版から引用)。

 

父親は何も知らずに云ひ出した。

”私も海軍にゐたことがある。あなたぐらゐのお嬢さんのある方だと、兵學校もあまり違ってをらんはずのやうに思ふが“

伴子は不意にそれを遮った。

”お父さま“

と、素直に、すらすらと口に出て、

”あたし、伴子なんです“

恭吾は伴子を見返してゐた。無言のままでゐる。

 

“ひとを驚かさぬことだ”

と、穏やかな聲で、低く云った。恭吾は、伴子を見詰めたままであった。その目の色が、止めどもなく深くなって行くやうに見えただけである。

唇が微かに慄へた。

この場面が、もし日本語以外の言語で書かれたら、つまり日本文化の外にある人が書いたとしたら、このような静かな描写になっただろうか。逆にもし原作が、ここで恭吾が仰天し、二人が抱擁するような描写になっていたとしたら、この “帰郷” が日本人の、少なくとも戦後の混乱で自らを失ってしまっていた日本人の、心を揺り動かす名作にはならなかったのではないか。

人間、生きている間にいろいろな場面に遭遇する。そのときどんな感情が吐露されるのか、もちろん千差万別だ。Rocky Mountain, high ! と爆発することもあるだろうが、富士の高嶺に雪は降りつつ、と詠嘆することもある。戦後の混沌の中では、日本人の心の動きには失ったものをいとおしみつつ、あるものをそのまま受け取っていく、このいわば詠嘆に近い、そんな心情が共通項としてあったのではないか。この作品が静かに語るものがそういうものに共鳴したのではないか、と思えるのである。そして思うのだがそれが日本人の心の奥底にある ”何か” なのではないか、と。

アメリカ人の友人と日本文化、について議論を戦わせた記憶は枚挙にいとまがない。そういう場面で、日本文化の根底にあるのは feeling of resignation なんだと思う、と言ったらえらく納得されたことがあった。諦観、という単語が思い浮かばなかったので即興の造語だったが、明確に、ときには冷酷に時を刻む四季の移ろいが作ってきた日本のなりたち、そしてそこに生きてきた ”日本人” の感情の一番下にあるのは唯一の神の救いなどではなく、自然というものに対する絶対的な―うまい単語が見つからないのだが―信頼みたいなもののような気がするのだ。

作品の筋としては、恭吾は自分の過去を辿りながら、京都の旧所や古刹を巡り、騒動の中にもなお静寂に生き続ける日本文化の背骨を辿り続ける。しかしなお、自分が帰り着く場所を見出すことはできず、ふたたび、思いを寄せる左衛子を振り切って再び、故郷を捨てる。彼女に残した手紙の書き手は エへエジユルス、という名前になっていた。この小説は次のように完結する。 

左衛子は忘れて了つてゐたが、刑場へ曳かれて行く基督を辱めた劫罰で永久に死の安息に恵まれることもなく、地上をさまよって苦しんでゐる傳説の猶太人の名前であった。エへエジユルスの寂しさ切なさを彼はこの署名に込めてゐたのである。

この結末が引き起こす感情、すなわち戦後の心の荒廃がもたらした結末、あるいはそこに見えてくる将来へのわずかな希望にもにもまた同化できない、一人の男の人生の始末の仕方が高校1年生、17歳の心に何をもたらしたのだったか、人生行路を振り返る年になって、あらためて見詰めてみたい気がしている。