”アメリカ人の愛国心” 読みました (44 安田耕太郎)

半世紀以上前の1968~69年、21~22歳の学生時代、アメリカ大陸を2回横断し、25州を訪れ、ロサンゼルスではグリーンカードも持たず(即ち、違法で)植木屋として働いた。社会人となってアメリカ企業に勤め、数十回を超えて渡米し、滞米日数は合計すると優に1年を超える。アメリカには少なからず関心がある。

米国人の非常に強い愛国心を度々肌で感じる機会があった。出自・民族・氏・宗教が異なる多民族で構成される国民をまとめているのは、建国と発展を象徴する国旗・Stars and Stripes (星条旗)と国歌であるという印象を、愛国心の証として常に感じた。宍倉さんご指摘の様々な場面でまさに愛国心の強さが具体的に表れていた。また、建国以来の理念である自由・独立・平等・民主主義を標榜する姿勢がアメリをアメリカたらしめていた原動力でもあった。だが、近年アメリカ・ファーストの旗印の下、その理念が薄らいだかに見えるのは残念なことだ。

また、ルーツ・素性・価値感・信条などを共有する確率が低い、或いは分からない相手と対応することを求められるところから、米国では「以心伝心」「沈黙は金」は成立せず、自己主張を表現力豊かに伝える、いわゆるCommunication Literacyの優秀さが求められる。特にPresentation (自己表現)とDebate (討論・議論)の大切さは単一民族国家(homogenous)の日本にはない文化・社会現象である。

米国の市民権・永住権を求める人の波が益々顕在化しているのも今日の現実だ。古代ローマ時代のゲルマン民族の大移動ではないが、貧しい地域から肥沃で豊かな地域へ人々が移動・移住したがるのは自然な人間の性である。米国の人口は現在の3億数千万から今世紀末までには5億近くまで増大すると予想される。日本の人口が3千万であった明治維新当時、米国の人口は4500万ほどであった。アメリカとは、世界にとってそれほど魅力的な磁石なのだ。僕が滞米していた1960年代はヴェトナム戦争の真っただ中で、観光ビザ入国し滞在している外国人の僕も、ドラフトによって米国軍隊へ入隊させられる可能性があった。無事除隊すれば、容易に永住権はおろか市民権獲得の道が開けることから、ヴェトナムの戦場へ向かった米国籍以外の短期滞在者が結構いたのには驚かされた。今日の中南米諸国から国境を目指して押し寄せる人の波が途絶えないのも半世紀前とは、根本的に全く異なっていない。

今日の米国は分断と格差拡大により混迷を極め、バイデン大統領の使命と責任はとてつもなく重い。歴史上、米国は最も深刻な分断を、Civil Warといわれた南北戦争で引き裂かれた1860年代に経験した。分断が和らぎ解決された(少なくとも表面的には)のは戦争によってであった。戦争では対外的な敵に向かうことで、国民の強い愛国心に訴えかけ、国と国民が一枚岩になりやすい。南北戦争で表面化した米国社会の分断も第一次と二次世界大戦を経験することで、ほぼ消滅したと云える。ルーズベルト大統領が、躊躇していた第二次世界大戦への参戦を、米国民の情熱的な賛同を得るため、敢えて日本に真珠湾攻撃をやらせるように仕向けたとする分析結果もある。愛国心を刺激し国民と社会の分断を一挙に解決させ国民を一枚岩化させる戦略的頭脳作戦を遂行したともいえるのである。戦争になると大統領の支持率が一挙に上がる例は枚挙に暇がない。穏健的なオバマ政権による、国民の9割以上が喝采したアルカイダ首領オサマ・ビンラディン暗殺作戦も記憶に新しい。米国が独立以来関与した対外的戦争は、ブッシュ親子大統領の湾岸戦争を除くとすべてが民主党大統領治世下である。即ち、20世紀では、第一次・第二次世界大戦・朝鮮戦争・ヴェトナム戦争、すべてそうである。民主党は共和党に比べると、より理念重視傾向が強く理念が実現しない場合は戦争へと向かう確率が明らかに高い。

現在の米国の混迷は、グロバリゼーションとIT革命という二つの大きな制御できない、世界を覆う津波に飲み込まれた結果と観ることもできる。翻って、独裁専制体制の下、覇権獲得の意志を隠そうともせず米国に挑戦しているかに見える中国の強大化・軍国化に対して、民主主義国家の盟主として、困難な国内問題を抱える米国がこれにいかに対峙して平和裡に世界の安定と成長をもたらすのか大いに期待したい。バイデンは民主党大統領である。米国の戦争のほとんど全てが民主党大統領時代に勃発している歴史的事実を知る時、内外の困難を乾坤一擲解決する手段の一つとして戦争への誘惑がバイデンの脳裏にちらつかないだろうか?愛国心に訴えかけ求心力を高め、経済浮揚をも目論む選択肢は抗しがたく魅力的に映るだろう。中国のウイグル・香港における住民に対する蹂躙ぶりや軍拡の趨勢を観ると、台湾を軍事的に強奪する選択肢が中国のロードマップに描かれているとしても不思議ではない。尖閣諸島領土問題も然りである。微妙なバランスに上に成り立っている今日の複雑な国際関係と対中国抑止政策におけるバイデンの不倶戴天の指導力に期待したい。

バイデンで憂慮されるのは、彼の高齢である。現在78歳。任期満了時は82歳。超激務を冷静・沈着且つ卓越した頭脳で、絶えることなく情熱と責任感の炎を燃やし続け、リーダーシップを発揮し効果的対応をすることが出来るのであろうか?建国以来バイデンまで45人が米国大統領に就任し、8人が在任中に死去している。4人が暗殺、4人が自然死だ。比較的最近では民主党大統領ルーズベルトとケネディが任期半ばで死去し、副大統領が大統領になっている。トルーマンとジョンソンである。不謹慎ながら、まさか、米国初の女性大統領カマラ・ハリスが誕生するというような晴天の霹靂が起こるとことはないだろうか?政界一瞬先は闇の世界でもある。米国の動向からは一瞬たりとも目が離せない。