私の三国山荘    (現役4年 渡辺眞之)

不肖ながら山荘委員長を務めるまでに現役の中でも一番の山荘漬けとなった私だが、初めて山荘を訪れた時はとにかく拍子抜けだった。普通部から山岳部に所属していた身としては山荘と言えば慶應吾妻山荘であった。数時間歩くと林の中から三角屋根が顔を出し、ストーブを囲みながら管理人さんお手製の食事を頂いた思い出を胸に新歓山荘に行こうとした。しかし先輩からは私服集合、バスで移動、BBQなどとても山とは思えない単語しか並んでいない。着いてみれば別荘のような佇まいの一軒屋。第一印象は合宿所であった。それ以降も山荘祭でBBQをしたり出し物をやったりと、当時はその程度の認識だった。

山荘に対する思い入れが出来始めたのは、初めてワークキャンプに参加した時からの様な気がする。手違いで鍵が出ておらず、町の服装のまま11月の寒風吹く山荘の庭で夜を明かすことになった。しかし少数精鋭で山荘を手入れして美味しいご飯を食べる雰囲気がいたく気に入ってしまい、以降のワークキャンプにも出るようになった。

山荘に打ち込めたもう一つのきっかけは山スキーだ。合宿やフリープランの体系がベースキャンプ集合型から少人数パーティー型へと変わり、また夏の活動においてはBC地を築く必要がなくなっている。上越には新人育成で毎年お世話になっているが、一方山荘へ立ち寄る時間や意義は中々生まれない。ところが山スキーはゲレンデ練習やシール練習において反復訓練を要し、BC地の存在は今でも重要だ。これらの背景もあり、現役にとって山荘の山荘たる使い道は専ら雪上訓練のBC地という考えが主流だ。山荘委員長の出自が殆ど山スキー組、そうでない場合でも雪山経験者から生まれている傾向からも、現代の山荘愛の生まれどころが山スキーにあるのはあながち間違いではないと考えている。

さて、来年は山荘建設から60年を迎えることとなり、今年の山荘祭は前年祭の様な立ち位置となった。今年の山荘祭は周年祭直前ということで、ワーク&クラフトを主題に山荘整備をする運びとなった。特に庭を掘って作った排水溝と旧道清掃は大先輩のワークキャンプには及ばないものの相当な労働となり、現役は終始汗を流しながらワークをこなし、屋外環境は大いに改善され、来年の周年祭はよい状態で迎えられると確信できるほどの結果となった。来年度以降ますます山荘が盛況となるよう今後も努力していこうと思う。今週末の雪囲いワークキャンプが楽しみだ。

(1年部員の伊藤主峰が撮影した今年の山荘祭うちあげの写真を掲載しておく。小屋の見かけは変わっても雰囲気はずうっと変わっていないのではないかと思う)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です