扇沢ー驚きと因縁(34 小泉幾多郎)

「扇沢―KWV三田会22年度合宿の記憶」をブログで拝見し、驚きの繋がりと因縁を感じましたので、メールをせざるを得なくなりました。

1954年の夏、大学受験に失敗し、浪人生活を送っていた。この翌年受験を控え、大事な年なのに、何故扇沢から針の木岳に向ったのか?今考えても、はっきりしない。高校の友人2人に誘われたのだ。当然ながら、1人は大学生、1人はある市役所に就職、、小生のみ浪人。1人は父親が小生と同じ会社員。その会社の長野県塩尻工場山岳部有志が、針の木岳へ登るので、一緒に行こうと誘われたのだった。工場の山岳部だから、脚足も速い、速く感じただけかも知れない。浪人で勉強ばかりしている身には大いに堪えたようだ。針ノ木雪渓を登り,針ノ木峠小屋に着いたときは、喉はカラカラ、唾液は出ない、這う這うの体で、それこそ這うようにして辿り着いたのだった。

一晩休み、翌日針の木岳へ登頂したが、その時の剣・立山連峰等の景観が忘れられなかった。帰りも扇沢に戻った。今思えば、この扇沢から針の木岳登山が、慶応大学ワンダーフォーゲル部入部の最大の要因なのだ。やっとのことでの登頂の経験、こんなだらしない登り方は二度としたくない。もっともっと山に登りたい。貴君と同じ扇沢が、KWV入部の最大の理由であり、そのことが、KWVからエーガ愛好会にまで通ずるという縁に、驚きと因縁を感じざるを得ない。

(編集子)偶然、ということを書いたけれども、ここまで偶然の一致?があるとはただ驚くばかりだ。小生入部時点は鬼の三年生のおひとりで、現役時代余りお付き合いがなかった小泉さんと卒業後10年以上の年月を経ていわば再会し、今ではメル友として2日にあけず話をしあっている。まさに人生の綾というべきだろうか。

(保屋野)扇沢の思い出・・ブログ読みました。私も4年間KWVに居られたのも、「扇沢」のおかげかもしれません。1年の夏合宿は、扇沢→針の木岳→黒部→五色が原→室堂→剣岳で、初めての北アルプスでした。しかし、針の木はガスで何もみえず、ガッカリして下ろうとした瞬間、ガスが晴れ、眼前に剣・立山の全貌が現れたのです。私がこれまでの人生の中で最も印象深い景観でした。

扇沢へはその後、アルペンルート観光や家内と鹿島槍ヶ岳に登った際等数回訪れました。懐かしい所ですね。