米国の対中国政策について (4)

(つづき)

3.力による平和の維持 Preserve Peace through Strength

2018年制定の国家防衛戦略(訳注 National Defense Strategy, NDS)では、長期にわたる中国との競合を最優先とし、中国人民解放軍の技術的向上、戦力展開及び国外でのプレゼンスと発言力の増強に対抗する近代化と他国とのパートナーシップが強調されている。核戦略レビュー(訳注 Nuclear Posture Review)に挙げたように、本政権は三元戦略核戦力(注 地上、潜水艦、長距離爆撃機という3種の核発射能力をいう)を主眼とし、中国の大量破壊兵器やそのほかの戦略的攻撃を抑止するため、これに伴う各種の能力の近代化を推進している。あわせて、われわれは中国指導部と一堂に会し、核兵器の近代化と拡大、また世界最大の中距離ミサイル群の削減について協議していくことを要求している。すべての国々にとって北京政策の透明度の向上、誤解による偶発の防止、膨大なコストのかかる武器増強を避けるために望ましいと考えるからである。

一方、国防当局は超音速の機体整備、サイバーおよび宇宙空間に関する投資、さらに強力で順応性に富みかつコストのかからない運搬手段の開発を続け、北京の拡大を続ける野心的行動をいましめ、中国軍の技術レベルの向上拡大を抑止しようとしている。

世界での航行の自由を確保するため、我々は中国の覇権主義と過剰な要求を断固として退け続ける。米国海軍は、国際法が認める限りにおいて、南シナ海を含む海域での航行の自由を主張し続け,この地域にある友好諸国とパートナーが、北京政府の軍、準軍事組織および警察組織による強制的問題解決と対抗する能力を保有することを支援していく。これに関連して、米国は2018年度は中国軍を隔年ごとに実施してきたパシフィックリム演習への招待をしなかった。中国が高性能のミサイルシステムを南シナ海の人工島に設置したことへの対応である。

NDSの中核の一つが同盟国やパートナー国との強力な提携関係である。米国は提携関係の強化とあわせて、武器などの共通化(訳注 interoperability)を深化させることで戦闘現場での確実性(訳注 combat-credible forward operating presence)を高め、これら同盟諸国との高度の融合によって、北京のいかなる攻撃も排除できる能力を構築している。通常兵器移転政策 (Conventional Arms Transfer policy)では、米国製兵器の各国への整備を促進して提携各国の戦闘能力が戦略的かつ補完的に機能するように変革されることを期待する。

また、2019年の国防省による初めてのインド太平洋報告(Indo-Pacific Report)には、NDS戦略をこの地域にも展開することが明記されている。

長い間にわたり、米国は台湾と非公式ではあるが強固な盟友関係にある。これは台湾関係法(訳注 Taiwan Relations Act)および米中間に交わされている共同宣言に基づいた”中国一国主義であり、米国は台湾海峡に関する論議はすべて平和裡に両国人民の意志により、いかなる脅威も強制にも依らずに解決すべきとする姿勢を堅持してきた。しかしながら北京政府はこのコミュニケの精神に違反し巨大な戦力の増強を行ってきており、その結果としてわれわれに台湾にしかるべき自衛を可能にし、地域の安定のためにする援助を継続せざるを得なくなっている実情である。1982年、当時のレーガン大統領は台湾支援の軍事援助の量、および質は中国の対応によってのみ決定される“と述べており、2019年度における台湾への武器援助の規模は100億ドルを超える額に上っている。

米国の基本方針は従来通り、中国との間に建設的かつ目に見える関係を維持することである。すなわち、我が国と中国間の防衛に関する接触の範囲は戦略目標を伝達し、それによって事故の発生を制御して、危機を招くに至るような誤解や偶発を予防して双方に関係のある地域の不安定化をはかることにある。このため、軍事当局は中国軍部との間に、万一の危機発生時に実行のあるコミュニケーションメカニズム、想定以外の問題が発生した時その不拡大に役立つ即効手段の維持に努めている。 

4.米国の影響の維持拡大 Advance American Influence

過去70年にわたって、自由で開かれた国際秩序は独立した主権国家の繁栄とかつてない経済成長をもたらしてきた。広大かつ先進国のひとつであり、この秩序の大きな受益者である中国は、地球上の各国がこの恩恵を受けられるように積極的にかかわるべき立場にある。しかしながらもし北京政府が権威主義、自己検閲、腐敗、重商主義経済、倫理や宗教の多様性の否定などを押し通すならば、米国はこのような悪意ある活動に抵抗し、それに対抗するよう、国際的活動を先導するであろう。

2018年と2019年、米国ははじめて宗教の自由に関する聖職者会議(訳注 Ministerial to Advance Religious Freedom)を主宰した。2019年9月に開かれた国連総会(UNGA)において大統領は宗教の自由の保護に関する地球運動(訳注 Global Call to Protect Religious Freedom)という異例のよびかけをおこなった。これらの会合によって、各国の宗教指導者が世界中で起きている宗教迫害行為に対する非難の声をあげることになったのである。2回の会合において米国と同志国は共同声明を発表し、北京政府に対してウイグル人およびトルコ系イスラム教、チベットの仏教徒及びキリスト教徒そのほかの宗教信徒への抑圧と迫害を撤廃するよう呼びかけを行い、2020年2月には米国国務省は同様の考え方に立つ25ケ国と史上初の国際自由宗教連盟(訳注 International Religious Freedom Alliance) を結成し、個人の信教の保護を訴えた。大統領は2019年の聖職者会議の時間を利用して中国からの脱出者や生存者と面会し、総会においては中国の宗教迫害の犠牲者とともに登壇もした。このほか米国政府は人権保護活動者や中国内外で活動する市民団体への支援を継続して推進する。

2019年10月、米国は同志的な国々と共同で中国がチワン自治区で継続している人権侵害そのほかの抑制行為が国際平和と安全保障を脅かすものと非難声明を出した。これに続き、米国政府は特定の中国政府機関と監視技術会社がチワン自治区の人権侵害行為に共謀してかかわっていたとして米国からの輸出を禁止、中国関係者とその家族が北京政府の国際人権という公約違反に責任があるとしてビザの発行を停止し、同自治区で強制労働によって製造された製品の輸入の禁止を開始している。

米国は中国の軍事および技術を駆使した権威主義にわれわれの技術が使用されることに対して、毅然とした原理に基づく反対行動をとる立場であり、同盟諸国やパートナー諸国の賛同を得ている。この方向に沿って、急速な技術変化に合わせ、中国が民間製品の軍用目的への転用をはかって、企業に安全保障や情報サービスの提供を強制していることに対応する政策を用意しているのが現状である。

これまでに述べたいろいろな方策は、第二次大戦後の国際的制度の基礎となる価値体系や規範を遵守するという米国の公約を明確にしたものである。米国は中国の内政問題にかかわるいかなる欲求も持たないが、中国がその国際的公約や責任ある行動から逸脱したとき、、特に米国の国益にかかわる場合には率直にこれを糾弾してゆくであろう。例えば、わが国は香港の将来は米国の国益に重大な関心を持つ。およそ8万5千人の米国市民、および1300を超える企業が香港に居住しているからである。大統領、副大統領、国務長官はたびたび北京政府に対して1984年の英中共同宣言と香港における高度の自治、法治の原則、民主的自由の順守を呼びかけてきた。これらの事項は香港が国際的商業及び金融のハブとして存在し続けるために必要だからである。

米国はインド太平洋地域においても、企業活動の自由と民主主義の統治の推進役の任務を果たす覚悟である。2019年11月、米国、日本、オーストラリアはブルードットネットワーク(訳注 Blue Dot Network)を創立した。このねらいは透明な財政基盤と高度に品質の高いインフラストラクチュアを世界各国の私企業の主導によって確立していくことにあり、インド太平洋地域だけでほぼ1兆ドルにのぼるアメリカ企業の投資を実現する。同時に国務省はインド太平洋地域戦略、自由インド太平洋:共有目的の推進報告(訳注 A Free and Open Indo-Pacific: Advancing a Shard Vision)を刊行し、我々の同地域での統一戦略の詳細な結果報告を行っている。 

結論  Conclusion

本政権の中国に対するアプローチの根幹は、米国の、世界最大の人口稠密国であり世界第二位の経済を有する国家の指導者に対処する方策を、最も基本的な立場から再評価した、ということに尽きる。米国は長期にわたる戦略的競合が二国間に生じていることを認識する。

全政府一貫体制のもと、NSSに明示されたように基本的な原点に回帰し、米国政府は国益と米国の影響力を守り続ける。しかし同時に、両国の国益が共有できる限り、建設的でひらかれた、成果重視(訳注 results-oriented)の協力体制には門戸を閉ざすことはない。我々は中国指導者に敬意を払い、冷静な方法を通じて、中国がその公約を果たすよう説得してゆくであろう。

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われわれが脅威と感じている軍事面での対決はどのようなことになるのだろうか。6月20日づけ週間東洋経済誌に笹川財団の主席研究員 小原凡司氏が書かれている記事の一部を抜粋しておく。

”価値観の対立が引き金 現実になった米中 “新冷戦”  より抜粋

(前略)米国のギアチェンジを示すのは言葉だけではない。米国は、軍事的にも本気で新冷戦を戦うモードに入ったようだ。米国が次々と米ソ冷戦後の信頼醸成の枠組みから撤退しているのである。

5月21日,ポンペオ国務長官は米国がオープンスカイ条約から撤退する方針を表明した。同条約は欧米の旧東西陣営が相互に査察飛行を認めるものである。中国を抑え込みたい米国にとって、中国が加盟しない同条約に意味はない。そもそも戦略情報を相互に提供する枠組み自体が、米国にとっては過去のものなのだ。軍事的にも中国と対立する米国は、戦術情報の収集にシフトしている。

また、トランプ政権は18年10月にINF(中距離核戦力)全廃棄条約離脱を表明し、翌年8月には同条約は失効した。米国が地上発射型中距離ミサイルを開発・整備すれば、戦術核兵器における中国の優位は失われる。そのため、中国は核戦略の見直しを迫られている。米国にとって米ソ冷戦後の信頼醸成の枠組みは現状に適さない。米ソ冷戦後の世界は終わり新たな米中の冷戦が始まっているのだ。