自粛中にミステリでも読んでみないか

ワンゲル、クラス会、映画館行、みんな無くなって自宅にいるしかない。庭をいじる気持ちもない。テレビもまあくだらんバラエティーと健康食品の宣伝ばかりだ。こういう時間こそ、知的水準の向上(というより認知症予防)のための読書にあてるべきだが、漱石もドストエフスキーも荷が重い。まさにミステリや冒険小説で興奮するべき時間ではないか。高校1年のとき、クラスメートの菅原勲にすすめられて何もわからず本屋で購入したハヤカワポケットミステリの1冊、”矢の家” にひっかかってから次々とポケミスを読みふけったのがきっかけで読んだ数だけはまあまああるので、いくつかご紹介したい。

今年高校生になる孫になにがいいか尋ねられ、文句なくイチオシしたのが古典ともいうべき アガサ・クリスティーの “アクロイド殺し”。初めて読んだメイスンの ”矢の家” は翻訳がみごとで、本来の謎解きよりもそちらの印象の方が強かったから、もし “アクロイド” に遭遇していなければミステリを読み続けることはなかっただろう。オーバーでなく、最後に文字通り本を取り落としてしまったほどのものだった。同じように結末の、いわゆる ”犯人の意外性”で感服したのはウイリアム・アイリッシュの ”幻の女” である。ミステリ入門にはこの2冊が絶対のおすすめだと思う(アクロイドのほうは 殺人事件 というタイトルになっている訳もある)。

ミステリ通と言われる輩があげる ”必読” はクリスティのほかにエラリー・クイン、ヴァン・ダイン,ディクスン・カー、F.W.クロフツ、などがよく出てくる。これらは確かに謎解きという点では優れているのだが、あわせてストーリーそのものが面白いかと言えばそうでもない。無理して作り上げた密室だとか、おどろおどろしい背景などが気に入らないのが多い。勿論、個々の好みではあるが、クイーンの ”国名シリーズ (例えば ”エジプト十字架の秘密” ”オランダ靴の謎” など、国名を関したもの)”と、識者の間では最高の推理小説、ということになっている ”Yの悲劇” に始まる3部作などがあるし、ヴァン・ダインは全作にわたって絢爛たる(僕に言わせればただやり過ぎに過ぎないのだが)主人公(ということは作者が自慢する)のぺダントリにへきえきしなければならないが、いずれも謎解き、ということにかけては唸ることが多いのも確かだ。

もう一つのミステリ分野が世にいうハードボイルドであり、僕はこれに完全にはまっている。1930年代、上述した主として知識階級の頭脳遊戯として書かれたものとは一線を画して、現実の社会の悪のありようを書き、主人公(探偵とはかぎらない)が自分の行動で正義をもたらすというのがテーマの文学作品である。この中で、前記クリスティに匹敵して古典中の古典とされる レイモンド・チャンドラーの “長いお別れ(Long Goodbye) “ 、今まで何人かの作家によって翻訳されていて、現在は売れっ子の村上春樹訳が評判のようだが、僕の好みでは、絶対に清水俊二訳で読んでもらいたいと思う。もう一つは ”さらば愛しき女よ”(清水訳。村上訳は さよなら、愛しい人)

本稿で一度触れたが、日本のあまたある本の中で、僕が最高だと信じているのは原尞の作品である。残念だが寡作の人なので、”それまでの明日” を読み終わった今、次作の発刊を心待ちにしている。

ハードボイルド、とは何か、ということについては本稿2017年9月のアーカイブをご参照いただくとして、最近映画化されTVでは ”アウトロー” というタイトルでトム・クルーズが主演した、リー・チャイルドの ”ジャック・リーチャー シリーズ” は素晴らしい。”アウトロー”の現題は ONE SHOT というのだが、このチャイルドの英語は簡潔で持って回った表現もなく、単語熟語も平易、原書で挑戦するにはもってこいである。この際、英語でもやってみるか、という向きには絶対のおすすめであることを追記しておく。

本日現在、東京に特別措置法による厳戒態勢が敷かれるかどうか、瀬戸際であるらしい。ま、吹雪を避けて停滞しているようなもんだ、と割り切って、その中でミステリ愛好仲間が増えてくれることを期待している。

(注:ご紹介した作品はすべてハヤカワ文庫で入手できる。チャイルドの原書は新宿高島屋のなかにある紀伊国屋にそろっている)