例年、元日か2日に夫婦で深大寺へ初詣にいくのがここのところの年はじめになっているのだが、今年はいろいろと用事ができてしまい、今日5日になって出かけた。バスで行った都合でまずは神代植物公園(なぜ深大寺の隣が神代なのか、以前説明を受けたことがあるのだが忘れてしまった)へ立ち寄ることにした。この時期、どんな花があるのか、予備知識もなく入園したら、牡丹と山茶花の特集というのか、特別の展示をしていた。この時期を代表する花、ということなのだろう。
その中に 椿と山茶花の見分け方、というコーナーがあった。実はだいぶ前のことだが、月いち高尾の打ち上げのとき、なじみの天狗飯店にデザートメニューに汁粉とぜんざい、というのがあって、この二つはどう違うか、大激論になったことがあった。これは40年の藍原君が事細かに調べてくれて結果は本稿にも掲載させてもらっているが、この2種の花についてもこの時のことを思い出し、あいちゃんの顔など思い浮かべながら、まじめに説明を読んでみた。結論は花芯部分が違うということで、椿は雄蕊と雌蕊が重なってついているので、筒状であるのに、山茶花は雄蕊雌蕊が明確に分かれていて結果として花芯の部分がひろがっている、ということだ。それでは、と少し離れたところにある つばきさざんか園 へ行ってみて現物をよく見て納得した。
この次は初夏に来て ”いずれ あやめか かきつばた” をくらべてみるか、ついでに ”立てばシャクヤクすわればナンとかてえ比較もしてみようか”などと笑っていたら、不意に花の落ちた椿に行き当たった。
およそ花などには知識のない自分だが、この花を落とした椿の一本には花そのものというよりもなんだか一つの生命体のありようを見ているような、妙なセンチメンタルな気分にさせられた。それと同時に、椿の花の散りようが兜首が落ちるようなので、武士の家には椿は植えないのだ、という話をどこかで読んだことを思い出した。なるほど、と感心しているうちに ! と気が付いた。三船敏郎と仲代達矢の決闘シーン、日本映画で初めて、刀が人間を切り裂く音を出したということで話題になった、かの ”椿三十郎” のことである。あのストーリーのメイン部分が展開されるのは隣り合った武士の館であったのに、その庭は、映画の題名通り、椿がチョー満開だったではないか。これはどういうことだ? という疑問が出てきて、そんなことを考えてる間に肝心の牡丹もろくに鑑賞せずに出てきてしまった。
三が日はもっと混んだんだろうな、と思われる雑踏で蕎麦屋は超満員、甘酒も飲まずに(なんと人の足元をみやがって、スチロールカップ1杯400円、というのに頭にきたこともあって)つつじヶ丘駅まで戻り、エキナカの蕎麦屋で食べた遅い昼食がカレー南蛮。これはいったいなんだったんだろうかと反省しつつ帰宅。妙な初詣であった。