日米関係に関する補論   (44 安田耕太郎)

11月4日付本稿(”近頃気に入らないこと”)の、”安田論の最後の3行には異論を称える” に対する返答投稿です。

”理想の政治なんてものは存在しなかったし、今後もしないだろう”のくだりに異論反論するものではありません。ご尤もなご見解で、同感です。戦後、ほぼ80年間、戦闘による死者なしの平和が維持されている現実以上に大事な国家運営はありません。世界から賞賛される、相対的ではあるが、極めて安全・安心・平和で、居心地の良い便利な社会創造は国民の民度の高さと国家運営の成果の一つでもあると言って間違いない。僕の管見が不充分、不明瞭だったので、補充説明させて頂きます。

まず、「アメリカの属国」の件について。
僕の意味するのは、戦後の占領期以来の日米間の密約の存在が、日本をして完全な独立自尊の主権国家ではなくアメリカの「属国」(部分的であるにせよ)にしている事実です。良し悪しの議論をしているのではなく、事実を指摘したのみです。1952年に日本の占領を終わらせた「サンフランシスコ条約」によって、政治と経済に於いては占領状態を終わらせた条約だった。しかし、実は普通の平和条約ではなく、軍事に関しては安保条約と連動するかたちで日本の占領を法的に継続し、固定化させています。その結果、戦後日本は21世紀になっても完全な主権国家に成りえていないのは事実です。感覚的にあるいは気分的な「対米従属」の実態を軍事面で法的・論理的に説明してみます。それは、アメリカ(或いは米軍)と日本政府・官僚との二者間で結ばれた密約に基づいています。単的に云えば、「指揮権密約」「裁判権密約」「基地権密約」です。指揮権密約」とは、詰まるところ、日米が共に共闘する戦争になったら、自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う」ことに他なりません。口頭で密約を結んだのは、当時(1950年代初め)の吉田首相です。アメリカ側の米軍司令官と駐日大使に対する日本側の相方は首相と外務大臣でした。

何年か前に沖縄で米軍ヘリコプターが日本の学校に墜落した事故がありました。その際、日本の領土内にも拘わらず、事故現場には日本の警察や自衛隊は一切立ち入れませんでした。裁判権密約」が存在したからです。米軍関係者に対する日本の刑事裁判権の事実上の放棄を意味します。日米地位協定の下、米軍の人間には何か犯罪を犯しても日本の警察は手が出せないのです。いわゆる治外法権が日米間には残っています。

「基地権密約」についても然りで、日米安保条約上は存在を認めていない基地について、アメリカは基地権を主張しつつ、日本における軍事的展開の自由だけでなく米軍関係者の権利・利益の優越的な保護を要求し、双方の主張は対立したものの、結果的には日本側はこれを受け入れた。日本には131の米軍基地があり、そのうち81ヵ所が米軍専用基地で、残りは自衛隊との併用です。米軍基地総面積は東京23区の面積の約1.7倍の1064平方キロ、日本国土面積の3%を占めている。沖縄県には31の米軍専用施設があり、総面積は沖縄本島の15%を占めている。

「横田空域」についても触れないわけにはいかない。日本の領空なのに航空管制を米軍が握り、計器飛行の民間機は米軍の許可なく飛べない、北は新潟県から南は静岡県に及び、高度は場所によって7000mに達する巨大な空の壁だ。横田は米軍にとってアジアと西太平洋の空輸の巨大なハブの役割を果たしており、JALやANAの定期便はいちいち許可を得る代わりに、横田空域の不許可地域を避け、大きな壁のそばの許された不自然なルートを選択して飛んでいます戦後全ての空港が米軍に接収され日本の空全体が米軍の管理下に置かれました。徐々に各地の空港が日本に返されましたが、横田と沖縄の嘉手納基地だけは今でも管制権を米軍が持っています。敗戦国ドイツとイタリアにも米軍基地は存在しますが、米軍が管制権を握ってはいません。日本では首都圏の空を米軍が支配しているという異常さです。日本政府は返還を要求し続けてきましたが、合意には至っていない。下図を参考にして下さい。
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このように、戦後80年経つ今日の21世紀になってもなお「軍事面での占領状態が部分的に続く半分主権国家」であり続けています。日本は、東京23区の1.7倍の土地を無償貸与してアメリカに軍事基地を提供し、在日駐留米軍経費1兆円以上を毎年負担し、その見返りに、日米安保条約の規定に基づき、米軍の傘の下で安全の担保を図ってきたのです。完全な主権国家と云えない国家体制ながら、遠慮深謀の賢い面従腹背が言ってみれば今日まで戦後80年間戦争に巻き込まれず、1人の戦死者を出さず、安定した平和を実現させてきた賢明な知恵の果実でもありました。平和な社会と平凡ながら安寧の日々をもたらすことほど重要な国家運営はありません。これまでは大変平和裡に推移した賢明な国家運営だったと思います。これまでの対米関係においては基本的には日本の態度は泣く子と地頭はそおっとしておこう」だったと思います。今後の先行きですが、一寸先は闇の国際政治、予断は許しません。自力で平和が享受出来る国際政治環境では最早ありません。周辺国の理不尽に仕掛ける戦争に巻き込まれないとも限りません。同盟国アメリカ為政者の政治選択肢、意思決定と行動には要注意です。在日駐留米軍の規模を縮小化して日本に肩代わりの軍事力強化を要求してくるかも知れません。逆に、1兆円を遥かに超える在日米軍経費負担の更なる大幅増額を要求してくるかも知れません。台湾有事が発生して日米が軍事的に巻き込まれるかもしれません。その際、アメリカは日米安保の規定に基づき、自ら血を流しながら他国日本の為に100%確実に尽力するのでしょうか?日本自らが血を出さないとすれば、そんな他国の為に自国兵士の血を流す必要を米国世論が甘受するかどうかは不確実で日本には大きな問題です。日本が参戦すれば軍事指揮権は米軍が握ります。とすれば政府は、日本の自衛隊員が米軍総司令官の下、血を流す覚悟と世論の後押しが必要です。
‘70年代の日米繊維問題、’80年代の日米自動車問題と1986年の円高誘導プラザ合意、‘90年代の半導体問題の経緯を観るにつけ、更に現在の日本製鉄によるUSスティール買収問題の政治問題化を目の当たりにすると、同盟国の利害に反しようが、自己の信じたアジェンダを突っ走る傾向が強いのがアメリカです。この点、日本の為政者と担当官僚の賢明且つ効果的な外交能力と手腕に期待したい。
僕が言及した「Parentがふらふらすれば、Childは好むと好まざるに関わらず先行きに多難が待っている」の真意は、日本が御せないアメリカの意思決定と動向は、日本が自らの権限・能力と責任でコントロール出来にくい状態に貶められる場合を仮定するシナリオです。
最後に、戦争で一人として犠牲者を出してない戦後の平和な日本に関連して、自衛隊の自殺について、ご参考までに。
イラク戦争、03~09年にイラクに派遣された自衛隊員のうち、在職中に自殺したとされた隊員は29人。01~07年のテロ特措法でインド洋での給油活動に参加した隊員のうち、同様に自殺と認定された隊員は27人。計56人が自殺死。イラクに派遣された陸海空の自衛隊員は計約9310人。321人に1人が自殺したことになる。これは自殺率で、自衛隊平均の1.5倍、世間一般の15倍だという。当局は自殺とイラク派遣の関連には触れていない。
任務の厳しさと緊張が原因のPTSD(Post Traumatic Stress Disorder・心的外傷後ストレス障害)発症が自殺の原因だと推察されている。命を脅かすような強烈な心的外傷(トラウマ)体験をきっかけに、実際の体験から時間が経過した後になってもフラッシュバックや悪夢による侵入的再体験、イベントに関連する刺激の回避、否定的な思考や気分、怒りっぽさや不眠などの症状が持続する状態を指します。戦争・戦闘での直接死者はいなくても間接的な犠牲者は存在した戦争関与の悲惨さは指摘しておくべきかと思う。
(編集子)明快な論旨、ありがたく熟読。”主権国家” という概念についての説明も納得。本日は米国大統領選の決着がつく日であり、その結果がこの論議にも少なからぬ影響を与えるだろう。さらなる議論を期待する。