エーガ愛好会 (263)許されざる者  (34 小泉幾多郎)

 ジョン・ヒューストン監督が初めて試みた唯一の西部劇であり、オードリー・ヘプバーンも初めてで唯一の西部劇出演。開拓時代の必然的現象たる人種的憎悪を取り扱い、白人がインディアンを悪という図式で西部劇を作っていた時代だけに、スッキリしない点も多々あるが、大自然の驚異とインディアンの襲撃に立ち向かう開拓者一家の運命的な苦悩に満ちた物語は一大叙事詩として楽しむことが出来た。

人物の設定とその配役が多士済々。レイチェル(オードリー・ヘプバーン)がメイクアップに工夫を凝らしインディアンの血を引く秘密を持った娘として登場するとぼろぼろの軍服にサーベルを下げた亡霊のような男エイブ・ケルシー(ジョセフ・ワイズマン)が現れる。レイチェルの家族はザカリ―姓で、長男ベン(バート・ランカスター)、次男キャッシュ(オーディ・マーフィ)、三男アンディ(ダグ・マクルーア)、母マチルダ(リリアン・ギッシュ)。夫々が好演だが、ランカスターのいつもより落ち着いた演技、B級西部劇の花形マーフィーが髭を生やし、いつもと違う性格俳優的役を熱演、無声映画の名優リリアンが貫録を示す。

ベンが競技で得たピアノをマチルダが庭で弾く場面が2度あるが、最初がモーツアルトの幻想曲ニ短調k397、西部劇としては珍しい選曲だ。インディアンとの戦い中でも、相手の弾除けのまじない風の楽曲に対抗して弾くのが、同じ幻想曲だが、こちらはハ短調k475。最後はインディアンにより破壊されてしまうが、それを狙い撃つ戦術にも使用。音楽はディミトリ・ティオムキン、未だ歌うテーマ音

楽の派手さはないが、所々に米国民謡やリパブリック讃歌等が聴こえる。そう言えば、その時もマチルダがピアノ伴奏していた。ザカリ―家は隣人のローリング家と付き合い、家長ゼブ(チャールス・ビグフォード)レイチェルに首ったけの長男チャーリー(アルバート・サルミ)、キャッシュに気がある娘ジョージャ(キップ・ハールトン)。両家は会食をして歌を歌う等良い関係になって行く
が、平和は長く続かず嫌なうわさが立ち始める。

亡霊のような男ケルシーが、レイチェルがインディアンの娘だということを暴露したのだ。過去ケルシーはゼブやベンの父と知り合いだった。ケルシーはインディアンに捉われた自分の男の子とベンの父がインディアンとの戦いで連れ帰ったインディアンの娘(レイチェル)とを取り替えてくれるよう頼んだが、ベンの父はあくまで白人の娘として拒否した結果、その息子は殺されてしまったのだった。ケルシーはザカリ―家に執念として付きまとってはいたものの、掴まっていた馬の尻を母マチルダが殴ることによってケルシーは死んでしまう。その後ザカリ―家に立て籠もるベン、アンディ、マチルダ、レイチェルに対し、インディアンが大挙して正面攻撃を仕掛けてきた。必死の抵抗中、家を飛び出していたキャッシュも戻り、何とか守り切る。最後妹を求め、カイオワ族首領ロスト・バード(カルロス・リヴァス)がやって来る。レイチェルは夢中で引き金を引いてい
た。

深めあってきたベンとの愛はインディアンの血縁より強しということか。此処
で、この映画の原作者がアラン・ルメイで、ジョン・フォードの「捜索者」と同じ原作者であり、ジョン・ウエインがインディアンに囚われの身の姪ナタリー・ウッドを奪還するということは、この映画と正反対だったということに気付かされる。

許されざる者とは誰なのか?白人?等と考え出すと難しい問題になるので、小生としては、単純に物語の中に入り込み、割り切ることにして楽しんだ。