劇場公開で観て以来、多分3~4回目だと思いながら「静かなる男」を先日、久しぶりに録画ビデオで観ました。この映画はジョン・フォード監督の西部劇以外のジャンルでの名作とは理解していましたが、改めて観ると矢張り名作中の名作と感心しました。
物語はアイルランド出身の主人公ショーン・ソーントン(ジュン・ウエイン)が、アメリカの鉄鋼業の街か何かで働いた後に、故郷のアイルランドに戻って来て旧家を買い戻し、その隣人の男”レッド”・ウィル・ダナハ(ヴィクター・マグラクレン)とその妹メアリー・ケイト・ダナハ(モーリン・オハラ)との縺れ話と言ってしまえば簡単ですが、ざっとそんなストーリーです。ジョン・フォード監督が出身の祖国アイルランドに溢れんばかりの郷愁を持っていることが、この映画の見どころの根底にあると思います。
第一に、情景描写が如何にもこれぞアイルランドと思わせる詩情豊かなロケーションで行われている。撮影はアイルランド西部、ゴールウェイ県とメイヨー県の境にあり、コリブ湖やアッシュフォード城も近くにあるコングの村で行われた。映画は一貫して原風景の映像で貫かれているのも気分が落ち着きます。
次に、俳優も隣人の男の妹役のアイリッシュ系のモーリン・オハラを筆頭に、ジョン・ウエイン、ヴィクター・マグラグレン、ワード・ボンド、ミルドレット・ナトウイック等、全員が好演技をしていて、それぞれの俳優の代表作の一つと呼んで間違いないと改めて思いました。
更に、画面を通して常に流れる音楽はビクター・ヤングのアイリシュ系の穏やかなメロディで、これが映像の鑑賞を自然にサポートしています。一番感心するのは、この映画の人間味溢れるコモディ・タッチの演出表現が、とかく重たくなリ勝ちなストーリーを、鑑賞後に軽やかな清涼感で満たされた気分で満足できることです。
些か褒めすぎの感はあるかも知れませんが、映画でコメディタッチの名作は殆ど思い出せないので、敢えて取り上げております。シリアスなストーリーやドキュメントの名作は枚挙に暇がないですが、コメディタッチは映像では極めて難しいのが、世の東西を問わず言えると思います。コメディタッチの秀作を強いて挙げれば「俺たちは天使じゃない」(1955年 監督マイケル・カーティス 主演ハンフリー・ボガート、ピーター・ユスチノフ、アルド・レイ)、「腰抜け二丁拳銃」(1948年、主演ボブ・ホープ、ジェーン・ラッセル)辺りかと思います。ダニー・ケイやジャック・レモンのコメディタッチ作品は面白い方ですが、それでも一本の映画を通して観ると、日本人には馴染まない演技やわざとらしさが鼻に付くことが多いのがコメディ作品です。
ジョン・フォード監督は勿論、西部劇の名作を沢山残してくれています。しかし、西部劇以外でも私は「静かなる男」の他にモノクロ時代の「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」、カラー作品の3作「長い灰色の線」「ミスター・ロバーツ」「荒鷲の翼」が特に好きです。
音楽のビクター・ヤングは「シェーン」「大砂塵(ジョニー・ギター)」「愚かなり我が心」「八十日間世界一周」などの名曲を残しているポーランド系ユダヤ人ですが、アカデミー音楽賞に22回ノミネートされても1度も生前にオスカーを手にできなかった作曲家のようです。死の直後のアカデミー賞授与式で「八十日間世界一周」が漸く、受賞対象曲になった経緯です。
因みに、この映画の公開年のアカデミー賞(第25回)には「静かなる男」は7部門でノミネートされ、うち監督賞、カラー撮影賞の2部門を受賞しました。作品賞でも本命「真昼の決闘」に次ぐ対抗作と見なされましたが、有力2作の間隙をぬう形で「地上最大のショウ」が受賞する結果になったと報じられています。名作揃いのこの時代の映画界ですから仕方のないことですが。
(編集子)サラリーマン卒業から数年たち、落ち着いたところで当時アイルランドはコークにいた同期の大塚文雄を訪ね、ダブリンを出発点にレンタカーで全島ドライブをしたことがある。その時、この映画を撮影した場所が一種の記念碑のようになっていて保存されているのを知り喜んだことを思い出す。この旅はEUが共通通貨としてユーロを発行して間もなくで、アイルランドもその影響を受け始めて、政治的には動揺があったころだが、ドライブは快適で、どこへ行っても人は穏やかで和やかな国だ、という印象が深い。