米国の政治経済学者フランシス・フクヤマは1989年、ベルリンの壁崩壊という事件の後、旧ソ連が崩壊した世界を考察し、自由民主資本主義がそれまでのイデオロギーの闘いに終止符を打った、と考えて 歴史の終わり を書いた。しかし現実はその後も彼の予想通りには進展しなかった。そして今、ロシアによるウクライナ侵攻という事件に遭遇しているし、地球規模のコロナ・パンデミックという予想もしなかった事実に直面している。”歴史の終わり”という表現そのものの持っていた意味はなんだったのか、という疑問を持つ人もたくさんいるに違いない。良くわからないながらもこの本を読み、それなりに納得していた小生もその一人だが、タイトルもズバリとその疑問に答えようとしている本書を非常に興味を持って読んだ。
本書はノルウエイの経済学者マチルデ・ファスティングとフクヤマとの対談という形式で書かれていて、結果的にはフクヤマの持論の総まとめという形になっている。本書が展開する議論を完全に理解することは小生ごときの及ぶ範囲ではないが、それなりに消化し得たと思う点をまとめてみようと思う。
”歴史の終わり“ で主題となった自由民主主義国とは何か。フクヤマはそれを構成する要素が三つある、と定義する。すなわち、国民に必要なサービスを提供し、体内的にも対外的にも国を守れること、法の支配すなわち国の権力を制限して合意されたルールに従って国家が合法的に振る舞うこと、第三が国家の行動が国民の関心を反映しているかどうかを明らかにする説明責任(アカウンタビリティ)の存在である。権力を制限して市民を公平に扱う自由主義的な制度と国民の意志が反映される仕組みともいえる。それらが確立し長期にわたって機能してきたのが米国だった。ニクソンがそれに挑んでウオーターゲート事件を引き起こしたけれども、彼は自分の国の司法制度を攻撃するようなことはしなかった。嘘もついたけれども大統領としての説明責任を逃れようとはしなかった。この米国が培ってきた立憲制度を公然と破ったのがトランプであり、法律と憲法の制度を軽視する同様の風潮が世界的に拡大しているとフクヤマは指摘し、その傾向をアイデンティティによる政治、と表現する。ある特定の観点から自己主張を強行するグループによる政治、といってもいいのだろうか。米国でいま起きている分断現象はトランプの アメリカファースト なるものが結局は米国が移民や外国人から攻撃されている、という論旨にすり替わって狭隘なナショナリズムに変わっていった結果だろうが、同じことが英国のEU離脱であり、ヨーロッパではあちこちの国で起きているトランプ流のポピュリズム政治だ、と結論する。これはまさに 歴史の終わり で示唆した自由民主義の敗退にほかならない。
フクヤマは民主主義というしくみは自由主義のもとでだけ起き得る制度ではなく、権威主義の下でも実現される、という。ベルリンの壁 の崩壊が歴史の転換点になった、という事からすると理解しにくい論理なのだが、この50年近くの時間経過によって、権威主義国家での生活を体験した人々の数がすくなくなってきて、壁の向こう側、東ドイツの人々が体験した問題そのものが理解されにくくなっていることをフクヤマは指摘する。また、彼の思想体系そのものの変化があったことを認めていて、その根源にあるのが、資本主義経済学がその理論展開の基本としてきた人間の合理性のほかに、人間の情緒性とか特有の文化とかの、従来の理論では非合理的とされ、排除されてきたファクターが表面化してきたこと、人種や宗教やジェンダーなどといった事象を無視し得なくなった現在、彼が前提としていた自由民主主義、なるものもまた変化せざるを得ない。さらにディジタル技術とかバイオメディカル技術などが現時点では想像もできないような社会的変貌をもたらすだろうことも予見しなければならない。
実際にこの半世紀に自由主義陣営に起きた二つの事件、イラク戦争と世界金融危機はいずれも特定の保守的な思想から生まれたものであり、現在世界が直面している格差問題(その延長に来る発展途上国と先進国間の種々のギャップ)の遠因でもある、とフクヤマは指摘する。最後の課題は主義主張のいかんを問わず人類全体が直面する環境問題にもつながっていくわけだが、この課題解決のために国ぐにの仕組みはどうなっていくのか、その処方箋はフクヤマにもまだ見えていないようだ。
(菅原)「歴史の終わり」も「“歴史の終わり”の後で」も読んでいません。また、読む気力もありません。ですから、以下、皮相的になるのを覚悟で一席。
実際には、「歴史の終わり」の見立て通りにはならなかった。これを、現実が間違っていたと言う人もいるかもしれませんが(こう言う輩もいるんだよね)、フクヤマはどうもそこまでは言っていないようだ。しかし、物事が、学者の見立て通りにならなかったら、それに対する、その人の身の処し方はどうあるべきなんでしょうか。ボンクラな小生には、この辺が良く分かりません。