4人の男優が演じたエルキュール・ポアロを映画・
ピーター・ ユスティノフはロシア系ドイツ人の父親とロシア人の母親からロン ドン生まれ。「クォ・ヴァディス」「俺たちは天使じゃない」「 スパルタカス」 と数作のポアロ役はどれも味わいのある演技であった。が、 アガサ・ クリスティの描くポアロはベルギー人で小柄な男性となっている設 定からすると、体格がやや大き過ぎ(太り過ぎ) だったかも知れない。アルバート・ フィニーの次にポアロ役を演じた(ナイル殺人事件) たのが1978年。
ス―シェは南アフリカ出身の両親はユダヤ人。ベルギー・ フラン語訛りの英語の喋り方、 独特の風貌など彼の映画人生の総てを懸けてポアロ役に取り組んだ ことが伺えた。その手法は、ポアロ役を役者ス― シェに近づけて取り込むように演じた感が強い。 1989年の1作目から2013年まで13シリーズのポアロ役を 演じた。
ケネス・ ブラマーは北アイルランド出身で王立演劇学校を首席で卒業して、 ローレンス・オリヴィエの再来かと評されたエリート俳優(監督・ 演出もやる)。フィニーだけが生粋のEngland出身のイギリ ス人だ。1作のみのポアロ演技であったが、 フィニーのポアロが一番気に入っている。
「バルカン超特急」からの流れに沿って、話を1974年版と20 17年版の「オリエント急行殺人事件」に絞る。両者の間は43年 の長い年月で隔たっている。撮影技術の進歩によって2017年版 はCG技術を駆使して、 バルカン半島の山間の地で列車が雪で立ち往生するが、 背景はバルカンの地には実際は存在しない急峻な雪と岩のアルプス の高峰のような山々で現実味に欠け嘘っぽい。その点1974年版 は、映画の舞台当時1934年の頃の現実的な風景を映画にそのま ま映していて、臨場感もあって本物ぽかった。
映画の冒頭のシーンにも相違があった。2017年版はイスラエル ・ エルサレムでの事件を解決してポアロが帰国の途にイスタンブール からオリエント急行に乗り込むが、エルサレム「嘆きの壁」 で事件を解決するシーンから映画が幕を開ける。1974年版は、 列車内の殺人事件に繋がった10年前のニューヨーク・ ロングアイランドにおけるアームストロング家の少女誘拐・ 殺人事件に焦点を当てるところから幕を開ける。 列車内の殺人事件を際立たせる効果の点でその前座としてNYのア ームストロング事件を関連付けて描いたのは理に適っていて冒頭の シーンとしては一日の長があった。また、 登場人物がボスポラス海峡を挟んだ港町ウスクダラから、 対岸にある旧市街の歴史建造物( アヤソフィア寺院やブルーモスク) を眺めながらフェリーボートで渡って列車の出発駅に向かうシーン は、 イスタンブールの旧市街が画面いっぱいに広がって異国情緒をより 楽しめた。余談だが、1950~60年代にかけて江利チエミが歌 って流行った「ウスクダラ」 はまさにこの東イスタンブールの町のことである。
登場人物と主演俳優の顔ぶれ比較であるが、2~ 3の登場人物が異なっていた。脚本を少しいじった様だ。74年版 は、ローレン・バコール、バネッサ・レッドグレイヴ、 ジャクリーヌ・ビセット、イングリッド・バーグマン、「サイコ」 を思い出させるアンソニー・パーキンス、「007」 からの脱却を図るショーン・コネリー、リチャード・ ウイッドマークなどの熟練のオーラ輝く俳優陣であった。 かたや2017年版は、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルス、 ミッシェル・ファイファー、ジョニー・ デップなどが馴染みのあるベテラン俳優陣で、全体として74年版 に比べて非力な、或いは格下感は否めなかった。74年版では、 バコール、レッドグレイヴ、バーグマンの3人がテーブルの席を同 じにして集うシーンがあったが、 近づきがたいプロのオーラを放っていたのが印象的であった。若き 20歳代のバコールとバーグマンの映画に魅了されてから30年後 の彼女等にお目にかかるのも格別であった。 バーグマンは演じた役を自分から請うて出演したとのことである。 「カサブランカ」など若い頃の作品とは一変した地味な役柄を、 スエーデン訛りの英語を喋るなど登場人物になりきって見事に演じ たと思う。 アカデミー助演女優賞に値する演技だとアカデミー関係者が認めた のが分かる気がする。彼女はこの映画の8年後他界する。
そして主役のアルバート・フィニーとケネス・ ブラマーの対比であるが、ブラマーはポアロ役主演に加えて、 監督演出も担当していた。 無難にポアロ役をこなしたとの印象が強い。フィニーは、 外見や言葉遣いなども含めて、 ポアロ役に成り切ろうとするアプローチが鮮やかであった。 名うての名優達を向こうに回して、 外見は勿論のこと、 慇懃無礼な言葉遣いや立ち振る舞いに至るまで、アガサ・ クリスティの描いたイメージ通りに名探偵ポアロを体現していたと 思う。オードリー・ヘップバーンを相手役とした「いつも二人で」 1967年でも、自分のキャラクターを強く押し出さず、 相手役を引き立たせるように演技していたかのように見えた。 ジュリア・ ロバーツ扮するシングルマザーの主人公に巻き込まれる弁護士役を 演じた「エリン・ブロコビッチ」2000年でも、 主要な脇役をきっちり演じることで主役を引き立たせ、 作品に貢献するのを心得ていたと感じられた。彼の「ドレッサー」 1983年も秀作だ。
観客の目を引き付ける俳優だらけのこの1974版映画において、 観終わった後の最も印象に残るのが、アルバート・ フィニーの演じたポアロだった。