アメリカ大統領選挙の結果はまだわからないが、次のホワイトハウスの主は誰か? ということから、思い出したことがある。
いつだったか記憶はないが、カリフォルニアに出張中、たまたまホテルでテレビをつけたら、当時の大統領夫人、つまりファーストレディであった バーバラ・ブッシュ が名前は憶えていないが東部の女子大学の卒業式でスピーチをしているのを中継していた。すべてを覚えているわけはないが、その終わりに近い部分で、彼女はアメリカの国の行方はどうやって決まるのか,それは NOT IN THE WHITE HOUSE, BUT IN YOUR HOUSE, と結んだ。アメリカの女子学生も当然、家庭に入ることを前提にしているし、日本と同じ、家庭と外部世界との断絶などに不安を抱く人が数多くいたはずだ。そういう不安に対して、バーバラのこの一句はまさに感動的であった。テレビは出席者全員の熱狂ぶりを細かに伝えたが、なかには涙を流す卒業生も数多くあった。そうか、アメリカの女性も涙を流すのか、と妙な感想も持ったものだった。
もうひとつ、これが同じ時だったかどうか確かではないが、外国人がアメリカに移住し、しかるべき要求を満たして市民権を得る、その何年かの歴史を振り返る儀式が有名なニューヨーク港スタッテン島の古い建物のところで行われ、その中継番組があった。そのなかで、たしか南米の国からの移住者だったと思うが、(これでアメリカ人になった!)と感激している人のインタビューがあった。片言に近い英語で、その感動を涙ながらに語るのを見て、こちらも胸が熱くなった。圧制か、貧困か、はたまた宗教思想か、祖国を捨てる決心をするという人の心の中は、日本のような単一文化の下で長い平和の日々をあたりまえのことと思っている人間にはとてもわかり得ない感情なのだろうと思ったことだった。そしてそういう人が夢を託せる機会と社会の寛容さ、それがアメリカなのだ。
振り返ってみて、この二つの出来事はまさにこれがアメリカの民主主義の根本なのだ、と改めて納得させてくれた、印象的なできごとだった。今つくづく思うに、僕がこの国に滞在した1967年あたりは、僕らの知っているよきアメリカ、の最後の瞬間だったのではないか。次のホワイトハウスの主がだれになるのかわからないが、世界の人たちがあこがれを持ち続けられる国に立ち戻ってほしいものだ。