イスラエル問題について   (44 安田耕太郎)

「サピエンス全史」「ホモ・デウス」で知られたユダヤ人(イスラエル国籍)歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの提言を、最近ある雑誌で読みました。
昨秋勃発したパレスティナ・ガザ問題に対する、彼自身の祖国イスラエル政府と首相ネタ二アフと政治判断と一連の行動に対する辛口批判の一部をご参考までに紹介します。

イスラエルは今後数日のうちに、歴史的な政策決定を下さなければならない。それは今後何世代にもわたってイスラエルの運命と地域全体の運命を左右しかねないものになるだろう。しかし、残念なことに、ベンヤミン・ネタニヤフ首相と彼の政治パートナーにそうした決断を下せる能力がないことは、すでに何度も示されてきた。彼らが長年進めてきた政策によって、イスラエルは破滅の瀬戸際に追いやられている。しかし、彼らは過ちを悔いる様子も、方向を転換する様子も見せていない。このまま彼らが政権を握っていれば、イスラエルと中東地域全体は破綻するだろう。慌ててイランと新たな戦争を始めるのではなく、まずは過去半年の戦争における自分たちの失敗から学ぶべきだ。戦争は政治的目的を達成するための軍事的手段である。その成功を測るのは、目的が達成されたかどうかだ。10月7日の恐ろしい大虐殺の後、イスラエルは人質を取り戻し、ハマスの武装を解除する必要があった。しかし、それだけではない。イランとその影響下にある勢力がイスラエルの存亡にかかわる危機を起こしうることを考えると、西欧民主主義国との同盟も深める必要があった。穏健なアラブ諸国との協力関係も強化し、地域秩序を安定化させるべきだった。

しかし、これらすべての目的をネタニヤフ政権は無視し、代わりに力を注いだのは復讐することだった。人質全員の解放も、ハマスの武装解除もできなかった。さらに230万人のパレスチナ人がいるガザ地区に意図的に人道的な大惨事を引き起こし、イスラエル存立に関する道義的・地政学的な基盤までをも損なわせた。ガザでの人道危機とヨルダン川西岸地区の状況悪化のために、地域内で混乱が起きている。そのためにイスラエルと西欧民主主義国との同盟関係は弱まり、エジプト、ヨルダン、サウジアラビアなどのアラブ諸国から協力を得るのが難しくなっている。イスラエル人の多くはいまテヘランに注目しているが、その攻撃以前からガザやヨルダン川西岸で起きていることには目をつぶろうとしてきた。しかし、私たちがパレスチナ人に対する態度を改めなければ、私たち自身の思い上がりと復讐心によって、歴史的な大惨事に追い込まれるだろう。戦争が始まって半年が経つが、多くの人質はいまだ拘束されたままで、ハマスはまだ戦闘を続けている。ガザは壊滅状態で、何万人も殺され、人口のほとんどが避難を強いられ、飢餓に苦しんでいる。そんなガザとともにイスラエルの国際的地位も失墜した。かつての友好国の多くからも嫌われ、疎外されている。

もしイランやその代理勢力の間で全面戦争になった場合、イスラエルはどこまで米国や西側の民主主義国、穏健なアラブ諸国を頼れるのだろうか。彼らが危険を冒してまでもわれわれに軍事的・外交的に重要な援助をしてくれると、いつまで期待できるだろうか。

たとえイランとの戦争を回避できたとしても、孤立したイスラエルはいつまで生き残れるのだろうか。イスラエルにはロシアのような豊富な資源はない。商業的、科学的、文化的な世界との繋がりを失い、米国の武器や資金も得られなくなったイスラエルに待ち受ける最も楽観的なシナリオは、「中東の北朝鮮」になることだ。現実に起きていること、現状に至った理由を否定し、そういう主張を認めないイスラエル市民があまりにも多すぎる。特に、ガザの人道危機の深刻さを否定するがゆえに、現在の外交危機の深刻さを理解できない人が多い。ガザの惨状、殺戮、飢餓に関する報道を目にすると、彼らはフェイクニュースだと主張し、イスラエルの行動を道徳的・軍事的に正当化したりする。すべての問題を反ユダヤ主義のせいにしようとする人は、戦争が始まってから最初の数週間を思い出すべきだ。当時、イスラエルはかつてないほど多くの国際的支援を享受していた。米国大統領、フランス大統領、ドイツ首相、英国首相をはじめ、数多くの首相や外相、高官がイスラエルを訪れ、ハマスの武装解除と壊滅を目指すイスラエルへの支持を表明した。言葉だけでなく、国際的な軍事支援ももたらされ、膨大な量の軍事装備がイスラエルに届いた。たとえば、ドイツからイスラエルへの武器輸出は10倍に増加した。このような支援がなければ、イスラエルはガザやレバノンで戦うことも、イランやその支援勢力との紛争に備えることもできなかっただろう。同時に、イエメンのフーシ派に対抗し、紅海とインド洋に国際的な艦隊が集結し、イスラエル南部の都市・エイラートとスエズ運河に通じる商業航路の確保が目指されている。それと同じくらい重要なのは、戦争の期間だ。過去の戦闘では、同盟国が数日から数週間以内に停戦に同意するよう求めたため、イスラエルは急いで戦わなくてはならなかった。しかし今回はハマスの殺人的な性質を考慮し、イスラエルがガザを征服し、人質を解放するために何ヵ月も戦うことを同盟国は許容した。イスラエルの最善の判断に従って同地区の状況を変え、地域における新たな秩序作りをすることが許されたのだ。

しかし、ネタニヤフ政権はこの歴史的な機会を無駄にし、イスラエル国防軍の兵士たちの勇敢さと献身も無駄にした。彼らは、戦場での勝利を活かして人質全員の解放に合意することも、ガザで新たな政治体制作りを進めることもできなかった。代わりに達成したのは、ガザで不必要な人道的災害を故意に引き起こし、それによってイスラエルに不要な政治的災害を与えたことだ。

ガザで起きていることを恐れた同盟国は次々と即時停戦を要求し、イスラエルへの武器禁輸まで求めている。イランやヒズボラ、ハマスを恐れる穏健なアラブ諸国はイスラエルと利害が一致しているが、ガザを壊滅させているイスラエルに協力姿勢を示すのは難しい。
ネタニヤフ政権は、武器や外交的支援を得るための代替手段が他にあるかのように、米国との関係さえも悪化させた。米国や世界中の若い世代は、イスラエルは人種差別的で暴力的な国であり、何百万人もの人々を家から追い出し、飢餓に陥れ、復讐以上の理由もなく何千人もの民間人を殺害する国だと考えるようになった。その影響は、今後数日、数ヵ月だけでなく、数十年先まで続くだろう。ハマスがイスラエルを打ち負かすには、10月7日の最悪の瞬間でさえまだ程遠かった。しかし、それ以降にネタニヤフ政権が採った政策は破滅的で、イスラエルを存亡の危機に陥れてしまったのだ。

ネタニヤフ政権による戦争での失敗は偶然ではない。長年にわたって壊滅的な政策を採ってきた結果である。3つの長期的な要素の組み合わせが、ガザに人道的大惨事を引き起こすという決断をもたらした。その3つとは、パレスチナ人の命の価値に対する感覚の欠如、イスラエルの国際的地位に対する感度のなさ、イスラエルの真の安全保障上の必要性を無視した優先づけだ。
ネタニヤフとその政治的パートナーたちは、長年にわたり、パレスチナ人の命の価値を軽視する人種差別的な世界観を培ってきた。2023年2月にヨルダン川西岸のハワラで起きたポグロムは、現在のガザの悲劇に通じる。2023年2月26日、イスラエルの入植者2人がハワラを車で走行中に殺害された。その報復として入植者の暴徒がハワラの家屋、商店、自動車に放火し、罪のないパレスチナ市民数十人を負傷させた。しかし、イスラエルの治安部隊はこの無法行為をほとんど止めようとはしなかった。2人のイスラエル人殺害への復讐として町全体を焼き払うのに慣れた人々には、10月7日の残虐行為への復讐としてガザ全体を荒廃させるのも当然のことだ。

ハマスが10月7日に凶悪な罪を犯した殺人組織であることは間違いない。しかし、民主主義国家とされるイスラエルは、このような残虐行為に直面しても国際法を尊重し、基本的人権を守り、普遍的な道徳基準を守り続けなければならない。だからこそ、米国、ドイツ、英国といった国々は、10月7日以降、私たちの味方をしてくれたのだ。もちろん、民主主義国家には自国を防衛する権利、いや義務がある。戦争においては、重要な政治的目的を達成するために非常に暴力的な行動が求められる場合もある。しかし、10月7日以降のイスラエルによる行動の多くは復讐心、あるいは何十万人ものパレスチナ人をガザから永久に追い出したいという、さらに悪い願望に突き動かされていたように思われる。長年にわたり、ネタニヤフらはイスラエル国民に、西欧民主主義国との関係を軽視させるような世界観を国民に植え付けてきた。近年の選挙キャンペーンで道端に掲げられた巨大なポスターには「別の同盟からの指導者」と記され、ウラジーミル・プーチン露大統領と握手する笑顔のネタニヤフの姿があった。イスラエルの超権力者がモスクワやブダペストと新たに親しくしているときに、ワシントンやベルリンは必要だろうか。プーチンが新しい友人なら、プーチンのように振る舞うのか。テロリストの耳を切り落とすなど、現在でもプーチンの振る舞いに憧れ、イスラエルはプーチンを見習うべきだと考えるイスラエル人がいる。言うまでもなく、10月7日以降、プーチンはネタニヤフを裏切り、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相がイスラエルを訪問することはなかった。イスラエルを助けようと急いだのは、ワシントンとベルリンのリベラル派だった。しかし、ネタニヤフはおそらく無気力さから、自分たちを助けてくれる人たちの手に噛みつき続けているのだろう。

イスラエルが国際的な孤立を深め、学者や芸術家、若者の間でイスラエルへの憎悪が表明されている。それは、ハマスのプロパガンダのためだけではなく、過去15年間にネタニヤフが国の優先順位を歪めたためである。ネタニヤフらは、西欧民主主義国との同盟の重要性を軽視し、イスラエルで最も重要な安全保障上の必要性も無視したアジェンダを長年追求した。10月7日の大失敗を招いた原因についてはすでに多く書かれており、今後もさらにたくさんの分析が出てくるだろう。首相は細部にまで責任を負えないのは当然だ。しかし、国の優先順位決めという最も重要なことに責任を持つのは首相だ。そして、ネタニヤフが優先したのは災難を起こすことだった。彼らは国境を守るより、占領を強化することを好んだ。占領地におけるイスラエル人の違法入植をひとつも立ち退かせられなかった指導者が、イスラエル南部の都市スデロットと、北部の都市キリヤット・シュモナから何万人もの住民をたった1日で退避させた。さらに悪いのは、現在の政権樹立時にイスラエルが抱える数多くの問題のなかからネタニヤフが定めた重点だ。ハマス、ヒズボラ、イランのどれとの戦いを優先すべきなのか。さまざまな思考を巡らせた末、ネタニヤフが重視したのは最高裁との戦いだった。もし2023年1月から10月までに最高裁との争いに費やした注意の4分の1をハマスに向けていれば、10月7日の大惨事は防げただろう。10月7日以降、ネタニヤフは戦争の目的を決めなくてはならなかったが、安全保障の優先順位を再び低くしていても不思議ではない。ハマスを武装解除させるために、イスラエル軍がガザに入らなければならなかったのは明らかだ。しかし、戦争の長期的目的は、イスラエル人の安全を長年保障できるような安定した地域秩序を作ることであるべきだった。

そのような秩序は、イスラエルと西欧民主主義国との同盟を強化し、穏健なアラブ勢力との協力を深めることによってのみ作り出せる。しかし、そうではなく、ネタニヤフは復讐することを選んだ。復讐のためだけに、パレスチナ人とイスラエル人全員の頭の上でガザの神殿を崩すことを選んだ。「旧約聖書」の「士師記」に登場する目を失ったサムソンのように。イスラエル人は聖書をよく理解しており、その物語が大好きだ。しかし、10月7日以降、なぜ私たちはサムソンを忘れてしまったのだろうか。彼はガザに拉致されたユダヤ人の英雄で、ペリシテ人に暗所に監禁され、ひどい拷問を受けた。なぜ10月7日以降、サムソンはシンボルにならなかったのか。ステッカーや落書き、インターネットのミームなど、いたるところでサムソンの姿を目にしないのはなぜだろうか。

サムソンとは、旧約聖書に登場する古代イスラエルの士師の一人で、怪力の持ち主。強い者が失敗する現象をサムソン・シンドロームということがある。その答えは、サムソンのメッセージが怖すぎるからだろう。サムソンは「私は復讐する。私の魂がペリシテ人とともに滅びるように」と言った。10月7日以降、私たちは多くの点でサムソンと似てしまった。思い上がり、盲目的になり、復讐や心中を志向した。ペリシテ人に仕返しをするためだけに自らの魂を滅ぼした、虚栄心の強い英雄を思い出すのは、あまりにも恐ろしい。