ニ十歳の市民の集いとZ世代    (普通部OB 舩津於菟彦)

成人式、から名前の代わったこの日、錦糸公園は12時に式典が終わった若人が沢山集まりそれぞれグループを作り歓談していました。女性は素晴らしい着物姿が殆どでしたね。不思議とカメラを持って写真を撮っている人は見当たりません。みな携帯電話で撮影ですが、この辺りの年代を最近はZ世代(ゼットせだい)と言っているようですね。

Z世代(ゼットせだい)、ジェネレーションZ(英: the generation Z)とは、アメリカ合衆国をはじめ世界各国において概ね1990年代中盤から2000年代終盤、または2010年代序盤までに生まれた世代のことである。生まれながらにしてデジタルネイティブである初の世代である。Y世代(ミレニアル世代とも)に続く世代であることから「Z」の名が付いている。
この言葉は2021年のユーキャン「新語・流行語大賞」のトップ10に選出された。芝浦工大教授である原田曜平が光文社新書から「Z世代~若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?~」(2020年11月)という本のタイトルを発売し、メディアで広まった。

ミレニアル世代(Y世代)よりもさらに周囲のIT環境が進展しており、幼少期から“デジタルデバイス(機器)やインターネット、SNS含むソーシャルメディアの存在を前提とした生活”をしているデジタルネイティブ(ネットネイティブ、あるいはソーシャルネイティブ)世代である]。生まれた時からインターネットに接続するための基本的な端末であるパソコンや携帯電話が既に存在しており、インターネットを利用し始めた頃にはADSLやCATVなどブロードバンドによる常時接続環境、SNS含むWeb 2.0、さらにスマートフォンが普及し、個人の情報発信が身近となっていた。

2020年に始まった新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミックの影響で、義務教育と高等教育の両方で、全社会的に実施された遠隔教育(オンライン授業)を受ける最初の世代となった。2020年時点で世界人口の約3分の1を占めており、割合はミレニアル世代を上回る。少子高齢化が世界で最も進んだ日本においては、Z世代を2020年6月時点での10歳〜24歳(概ね1995年(平成7年)4月2日〜2011年(平成23年)4月1日生まれの世代に相当)と定義した場合、それに当たる人口は1752万人であり、総人口の7分の1弱と少なく、約13.9%となる

Z世代とミレニアル世代の違いは育った環境の違いが一番の違いかもしれません。Z世代は不況の時期に育っており、経済的なプレッシャーを受けている環境下で育つ人が多い存在しています。
ミレニアル世代は好景気の時代もあったため、そういった育った環境の違いがショッピングへの投資の仕方に違いが出たり、商品へ求める要素の違いに影響が出るようです。

また、Z世代は「貯金・貯蓄や支出を控える傾向」があり、買い物への意欲は「どれだけお買い得なのか」という点を重視する傾向があると言われています。
それに対してミレニアル世代は購入自体に興味を持つ傾向があり、育った時代の景気が影響していると考えられています。

我が20歳は「成人式」なんてやった記憶もありませんが、どんな時代だったのでしょうか。60年以上前のお話ですね。
日吉から三田へ移る時で新聞研究所に入所させてもらい、三田の研究所へ日吉から通って居ました。日に日に東京タワーが三田通りに伸びていったときでした。そんな主な出来事を拾うと日本の発展の礎が芽生え始めたときのように思えますね。「ソニー」の誕生。日劇のあの「ウエスタンカーニバル。富士重工の「スバル360」が発売。「神様仏様稲尾様」の野球時代。正田美智子さんがご婚約発表。
「エーガはやや冷めたもの、 死刑台のエレベーター(監督:ルイ・マル)• 灰とダイヤモンド(監督:アンジェイ・ワイダ)• めまい(監督:アルフレッド・ヒッチコック)などが思い浮かびます。

卯年の次の2035年はどうなっていますかね。今日の恒例のサントリーの広告「水のようにまぶしい君になれ」とか煽てていますが「何時か命の水で乾杯」は矢張り宣伝ですね。開高健時代のメッセージが懐かしい。

(編集子)サラリーマン初期、一人前にほろ酔で帰宅、テレビをつけると トリス爺さんのコマーシャルが ”なんにいたしやましょう” ”いつものやつよ” ”マテ二イですね?” ”そおおよお” テンテンテン ”ヘルメスジン!” なんてやってた、あれ, 開高健 のやつだよね? 道具仕掛けはデジタルの走りだったのだろうが、あのかおりは昭和のアナログ、だったなあ。

(菅原)柳原良平の「アンクル・トリス」、懐かしいーねー。

小生、最近、テレビは殆ど見ないけど、見てもそのコマーシャルは見るに値しない。誠にツマラン奴が、ただただ押し売りするだけじゃない。何の工夫もない。いまだに「アンクル・トリス」を凌駕するものはない。それにしても、今のサントリーは、恰も新浪剛史しかいないような印象だが、往時は、柳原に加えて、開高健、山口瞳、なーんてのがいたんだから、ツマンネー会社になっちゃったね。

(安田))寿屋からサントリーへ社名変更したのは1963年。横文字・カタカナ名にしたのがいけなかったのでしょうか? それにしても1950年代、一私企業から綺羅星の如く柳原良平、開高健、山口瞳などの逸材が輩出されたもんです。後にも先にもそんな会社は「寿屋」以外知りません。