ウクライナ戦争の行方    (普通部OB 田村耕一郎)

友人のジャーナリストから送ってもらった展望記事の一部をご紹介します。

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ロシアのウクライナ侵攻が始まってから2月で1年を迎えますが、停戦や戦闘の鎮静化 の兆しは見えません。電撃的勝利を達成できなかったロシアの目標はもはや曖昧に> なっており、プーチン大統領のこだわり一つにかかっている状態ですが、一方的に 「併合」した4州(とクリミア)を維持する意図だけは明確にされています。
ロシアがウクライナを「戦争」で打ち負かすことは、ほぼ不可能になったと言っても 過言ではありません。兵士と兵器は著しく消耗し、大規模な作戦を行うことは非常に 難しくなっています。新たに動員された兵士を前線に配備し、春に攻勢をかけること は不可能ではありませんが、兵士の練度も装備のレベルも低く、米欧からの軍事支援 を得てさらに強力になったウクライナ軍を後退させることはできないでしょう。

しかしロシアが引き下がることは想定できません。ロシアはウクライナの都市とイン フラへのミサイルとドローンによる攻撃を続け、ウクライナを疲弊させることができ ます。併合した4州の防備を固め、ウクライナ軍の奪還を食い止めることも十分に想 定されます。プーチンとしては、とにかく現状の戦闘状態を続ければ、いずれ米欧の 支援も止まり、ウクライナも音を上げざるを得なくなると踏んでいるのでしょう。

しかしウクライナが譲歩することも想定できません。ウクライナはロシア軍の完全撤 退(最低でも侵攻前のラインまでの撤退)を最低条件と考えており、その決意は国内 で一致しています。また現在の戦況は自分たちに有利であり、米欧の軍事・経済支援 はこれからさらに強化されると期待しているので、長期戦にも耐えられる(さらに有 利にもできる)と考えています。ロシアが何らかの譲歩を見せない限り戦いを続ける ということです。 実際、米欧の支援が今後減退することは、少なくとも今年いっぱいはないでしょう。

米国は十分な予 算と制度的な裏付けを確保しています。またロシアの軍事エスカレーション(核使用 など)のリスクが制御可能な範囲にあるとみて、兵器支援のレベルをさらに上げよう としています。この方向性は下院が共和党の支配下に入ったところで変わりません。 欧州は、たしかに各国には停戦に向けたスタンスに微妙な違いがありますが、独仏を 中心とするほとんどの主要国はロシアを根本的な脅威ととらえています。またロシア へのエネルギー・経済依存が結果的に否応なく解消されたことで(ロシア以外のパイ プラインとLNGによるガス供給の確保、国内のガス需要の抑制、石炭を含む他のエネ ルギーへの切り替えといった努力は実を結び、さらに記録的な暖冬にも恵まれ、少な くとも今年いっぱいは十分な供給を確保できる見通しになりました。想定以上に恵ま れた状況です)、ロシアの影響を受けなくなっています。

軍事支援も、独仏が軽戦車やパトリオットの提供に踏み切ったように、米国と歩調を 合わせるようにグレードアップしています。ただ新型・攻撃的兵器については、やは りNATO(米国)の主導が続き、副次的・補完的な役割にとどまるでしょう。経済支援 は、EUが主導して長期的・継続的なコミットメントを示しています(ただし「マー シャルプラン」の実現は加盟国の合意を得るのが困難)。ロシア制裁も、戦闘の継続 とともにさらなる強化が見込まれます(ターゲット制裁が中心ですが)。
欧州にとって、経済への悪影響は今後も重大な課題であり、特に今年、イタリア(メ ローニ新政権)、ハンガリー(オルバン長期政権)、スペイン(12月に総選挙)では EUとの関係の複雑化が予想されます。一方、政治的には、米国との大西洋同盟が強化 され、政治的アクターとしての欧州の存在感は高まり、EUの存在意義も評価されて、 ウクライナ侵攻はむしろプラスの影響を与えたとも言えます。

ウクライナ軍は、主戦場であるドンバスとヘルソン(それにザポリー ジャをあわせた「陸橋」エリア)において、春に攻勢をかけると予想されます。米欧
からの新たな兵器の供与もあり、兵士の士気・練度と装備の面でウクライナは優位に 立つでしょう。しかし、ハルキウとヘルソンのような大戦果は期待しがたく、小規模 な前進にとどまる可能性が高いと考えられます。ロシア軍が大幅な後退を免れること で、結果的に、ロシアの軍事エスカレーションのリスクは低いままになります。
ウクライナは、国内の主戦場のみならず、クリミアや近接するロシア領内へのドロー ンによる攻撃も行うでしょう。これがロシアに甚大な被害を与えれば、ロシアの軍事 エスカレーションのリスクを増大させる恐れがあります。しかし、米欧との関係の維 持のためにウクライナは過剰な攻撃に踏み切ることはできず、一定の抑制は保たれる と予想されます。
こうした状況が続く限り、和平や休戦に向けた交渉は期待しがたく、トルコをはじめ とする仲介国の出番も限られるでしょう。戦闘が一時的・部分的に落ち着けば、仲介 国の外交は活発になるでしょうが、ロシアが目標を修正する動きを見せない限り、戦 闘の停止に向けた外交が真剣に検討されることは想定できません。ただ、穀物輸出、 捕虜交換、軍事エスカレーションの抑止といった点では今後も成果が期待でき、トル コやインド(G20議長国)も重要な役割を果たすと予想されます