エーガ愛好会 (170) 折れた槍    (34 小泉幾多郎)

「折れた槍1954」はエドワード・ドミトリク監督の西部劇。他に西部劇では「ワーロック1959 」「アルバレス・ケリー1966」「シャラコ1969」があり、何れも問題作。特に当作はオリジナル脚本に与えられるアカデミー原案賞受賞のフィリップ・ヨーダンによるもので、父マット・デヴロー(スペンサー・トレイシー)が築き上げた牧畜王国における重苦しいホームドラマ的な西部劇。

インディアンの母セニヨーラ(ケティ・フラド)を持つ四男ジョー(ロバート・ワーグナー)のほかは、白人の前妻の子供である長男ベン(リチャード・ウイドマーク)、次男マイク(ヒュー・オブライエン)。三男デ二―(アール・ホリマン)がいた。ジョーは知事の娘バーバラ(ジーン・ピータース)と恋仲。父のお気に入りは四男ジョーだけ、人間性を潰される長男たちは敵対する。

シェイクスピアのリア王に設定が似ている。次男三男は厳し過ぎる父に反発し、自分の牛を盗んだりする。そんな或る時、近くの鉱山から流れてくる鉱毒のため家畜が大量に死ぬ事件が起き、抗議の果ての激しい銃撃戦によって、鉱山から訴えられ、ジョーが父の代りに3年の刑で入獄する。この裁判、自分こそが法律であり、撃ち合いも辞さない男が裁かれるということは、西部の歴史が裁かれるのと同等の深刻さを秘める。この事件以降、牧畜王国に斜陽の影が差す。創業者の物語から次の世代への移行は、第一次産業から第二次産業へのシフトが示唆される。父親の土地を石油会社に売ろうとする長男との確執から父は倒れ死んでしまう。特に許されて葬儀に参列したジョーは槍を突き立てインディアン決闘の定法を示す。

その後、3年の刑を終わり出所したジョーは、父の旧家で、インディアン部落に戻っていた母と再会、母から、悲しみは捨て、愛する者と自分の道を行け、と諭され、ピストルを置いて、その気になるが、長男ベンは、槍を地面に突き刺されたことから、仇の気持が消えてないと思い、殺すことを決意する。逃げまどうジョーを救ったのは、牧童頭のトウー・ムーンズ(エドウアルド・フランツ)だった。父の墓を詣でるジョーとバーバラ、それを見送る母。ジョーは槍を折り、新天地を目指す

味のある俳優揃いで、重苦しいホームドラマ的西部劇だが楽しく観られた。主役スペンサー・トレイシーの貫録、リチャード・ウイドマークはセリフは少ないが、父の圧力に否応なく人間性を潰されて行く長男の悲哀をぬかりなく表現し、ケティ・フラドはインディアンの妻として母としての愛情溢れる演技、その他若手の俳優も夫々の持ち場を発揮していたと思う。

(編集子)先回の 燃える平原児 につづいて白人と先住民族間の確執が背景にある、重苦しい作品だった。

Actress Katy Jurado

ロバート・ワグナーはどうもこういうシチュエーションにはあまり向いていないように思えたが、ケティ・フラードにひかれて見た。”真昼の決闘”で、乾いた感じの画面で描かれる人間のありようをどこかほかのところから見ているような演技が印象に残っている。彼女の出演作はこのほかには数えてみても2本しか見ていないのだが、どこか突き放したような雰囲気のある女優だった。

(題名の槍(lance)を矢(arrow)にすると “折れた矢” でこれも一ひねりされた作品だったが、タイトルが英語の文字通り ”ブロークンアロー” だった映画はジョン・トラボルタが悪役で主演、という核爆弾を扱ったスリラーである。このタイトルの BROKEN ARROW という語は米国では核施設の破壊あるいは事故を意味する暗号であることはこの映画にまつわる話として書いた。いままさにその現実が起きようかとしているのがウクライナの原発周辺での戦闘である。暗号が現実とならないように祈るだけだが)。