Sneak Preview (2) (44 安田耕太郎)

(前略)

断念せざるを得なかったアラスカ蟹工船仕事とは別に、日本出発前に資金調達の切り札として詳しく下調べをしていた、稼ぎの良い植木屋仕事を始め、ある有名な日系gardener (植木屋) に雇われた。日系アメリカ人が経営する、ロス市内中心地に近い植木屋の助手が多く住む寄宿舎のようなアパートに宿を定め、腰を据えて資金稼ぎ仕事に専念することとなった。

日本と異なり広い芝生の庭を持つ邸宅の芝刈りが主たる仕事だ。スプリンクラー(sprinkler)と呼ばれる自動散水機による充分な水の供給とカリフォルニアの陽光で芝生の成長は早い。週一回のローテーションで顧客の家を回ってlawn mowerという芝刈り機で刈りとった。一日に数軒ずつ訪れ、毎週繰り返した。
機械は結構なサイズで重く最初は取り扱いに難儀した。伸びた芝の中にスプリンクラーが数メールおきに隠れていて、集中力を欠くと、前へ前へと進む芝刈り機の回転し続ける刃で切り飛ばすことになりかねない。結果は悲惨で突然芝生の絨毯から噴水が吹き上がることになる。

後処理が大問題だ。スプリンカー交換には50センチ四方の穴を結構な深さまで掘り、部品を取り換える。芝生は剥がれ醜いこと甚だしい。弁償したうえで解雇される。また、ドライブとブレーキを巧みに操作しなければ、機械が暴走して運が悪ければプールに飛び込むことにもなりかねない。実際、スプリンカー切断とプールへ芝刈り機がダイビングした事故例を聞いていたが、幸い事故には遭わなかった。

刈り取った水分をたっぷり含む芝生は、機械に備え付けたバケツのような入れ物にすぐたまる。これが重く、捨てる場所まで運ぶのが一番負担のかかる作業であった。何せ庭が広く持ち運ぶ距離が長いのだ。
植木屋の仕事も日米で天と地ほどの違いがあった。日本では植木屋の助手などにとても雇われる技術も経験もない素人が、この肉体労働に朝7時から夕方まで、週6日間励んだ。慣れてくると能率もあがり、仕事は順調に進んだ。そんな折、思いもしない事故に遭った。

仕事帰り交差点で信号待ちをしていた植木屋の車が追突されたのだ。助手席に乗っていて首に軽いむち打ち症を感じた。雇い主が紹介してくれた交通事故専門の弁護士を訪ねた。病院での診断結果もむち打ち症。診断書を発行してもらう。 日本では治療費の弁償で片が付くくらいの軽傷であったが、そこは訴訟社会のアメリカ。雇い主も弁護士も慰謝料を請求すべきだとアドバイスというより強く主張した。その間仕事は休まず続けていた。

観光で滞在している身分で一番心配したのは、怪我のことでも慰謝料の額のことでもなく、滞在の理由とどういう状況で事故に遭ったのかなど、やってはいけない仕事をしている事実が暴露されかねない質問と事情聴取を相手の弁護士から受けはしないかということであった。法的決着がつくまで2~3か月かかったと記憶するが、その間ひやひやして日々過ごしたのを覚えている。よく理解できない英語で専門外の法律・医学関連の折衝を一人で行えたのは今から思い出しても奇跡としかいえない。辞書を片手に片言で相手の弁護士と交渉したのである。

結果として数千ドルを手に入れた。日本の大卒初任給の数年分に相当する大金だ。「人間万事塞翁が馬」ではないが、人生何が起こるかわからないということ、そして実際対処してみないと結果はわからないということを学んだ。訴訟社会のアメリカの現実の一端も垣間見た。

植木屋助手仕事の稼ぎの良さには、嬉しさを通り越して本当に驚いた。日米の富の格差に愕然としたものだ。今から振り返れば途轍もなく危なっかしい資金調達方法であったのだが、運にも恵まれた。アラスカ就職失敗を経て怪我の功名に救われた。もちろん交通事故慰謝料も大いなる予期せぬボーナス財源となって、併せると充分な資金を手にすることができた。

そんな折、ある有名俳優宅の芝生刈り仕事をすることとなった。「ルート66」「サンセット77」は1950年代後半から60年代にかけて大人気のテレビ番組。劣らず人気を博したのが西部劇 「ララミー牧場」であった。今では名優・監督として有名な若きクリント・イーストウッド出演の「ローハイド」と双璧で西部劇テレビドラマ人気を分け合っていた。

主演のジェス役ロバート・フラーが来日した際の熱気は凄まじく、日本中を虜にした。当時の総理大臣池田勇人に招かれるなど、あのビートルズでさえ受けなかった厚遇振りが話題となったほどだ。戦後15年以上を経て高度成長期にさしかかる日本の上昇気流を感じさせる社会現象でもあったのだろう。そのフラー家の芝刈りをやったのだ。

勿論、事前には知らず、立派な庭の邸宅だな!くらいの気持ちで芝刈りを始めた。ランチのコーヒーを美しい女性が持ってきてくれて雑談になった。「私の夫は映画の仕事で日本に行ったことがあり、とても日本好き。日本でも知られているのじゃあないかしら」と驚きの発言。すかさず尋ねた「夫の名前は?」。ロバート・フラーでテレビ映画ララミー牧場のジェス役と答えが帰ってきてビックリ仰天!以後、フラー家に行くのが楽しみとなった。思わぬ巡り合わせである。