花桃のこと    (HPOB 小田篤子)

小泉さんの太陽と富士山の写真は迫力がありますね。
大倉山の綺麗な梅林の写真はいつも花桃を思い出します。
花桃は福澤諭吉氏の娘婿、電力社々長の桃介氏がミュンヘンから3本持って帰ったのが始まりとか。 南信州の阿智村は見事です。(写真添付)
阿智村は最近は星空観察でも有名ですが、私は2回共曇りと雪で観られませんでした…。

(保屋野)南信州、阿智村の「花桃」素晴らしいですよね。

昔、飯田から車で「園原」に向かう途中、道路わきに一面に咲いていてビックリした思い出があります。ちなみに、園原の一本桜も良かった。

(信濃の国4番)尋ねまほしき園原や 旅のやどりの寝覚ノ床 木曽の桟(かけはし)かけし世も 心してゆけ久米路橋

(ウイキペディア)ハナモモは、花を観賞するために改良されたモモです。サクラの花の咲く時期に前後して開花の最盛期を迎え、あでやかなピンクや赤、白の花が春の庭を彩ります。

(保屋野注)

「信濃の国」は長野県人は誰でも歌える有名な県歌です。

(1番)信濃の国は十州に 境連ぬる国にして 聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し松本・伊那・佐久・善光寺 四つの平は肥沃の地 海こそ無けれ物さわに、万(よろず)足らわぬ事ぞなき

四方に聳える山々は御岳・乗鞍・駒ケ岳 浅間は殊に活火山・・・と名所めぐりが続きます。

(編集子)長野県人、ねえ。神戸に生まれ満州にそだち神奈川に育まれ首都東京に3/4世紀住み夏場は山梨。俺にはやはり君が代しかねえよなあ。疑似フルサトの多摩市市歌ってのはあるんだろうか。

山形県を楽しむ雪山散歩   (44 安田耕太郎)

蔵王連峰の樹氷林をスノーシューを履いて歩くプランに参加した。KWVOBの夫人など女性3名と、著者が最年長(S44)、S57が最年少のKWVOB8名の計11名のグループ。登頂を予定した刈田岳と熊野岳は気象条件に恵まれず凄まじい烈風、寒さ、視界悪しの為断念し、山腹(標高1450m〜1000m)の樹林帯をプロガイドの案内でゆっくり5時間かけ散策。

本プランの目玉であった樹氷は2月中旬の暖気と続く降雨で全て落下して丸裸状態になり、訪れた2月末までに若干再生しつつあったが、ガイド曰く「未だ5~10%ほどの成長具合」。温暖化の影響で年々樹氷の成長が悪影響を受け、サイズも小粒になってきたとのこと。今後とも地球温暖化が憂慮される。到着日の準備散策に続いて、未成熟の樹氷とはいえアオモリトドマツの深い樹林と標高が低くなって現れる見事なブナ林は雪に覆われ、樹林を縫っての雪原歩きを充分に楽しめた。翌日は天候が回復し、本プランの発起人S50卒岡田隆喜君とS47卒奥本耕三君の二人はスキーにシールを付けて連峰の最高峰熊野岳頂上(1841m)に達し、スキー滑降で豪快に下山。他はゲレンデスキー組とスノーシュー樹林散策組の二手に分かれた。
スノーシュー散策組は樹林帯に隠れた如く聳える蔵王樹林帯最大のブナの巨木にルートハンティングしながら達することができた。

最終日は4名で日本三大急流の一つ最上川舟下りを楽しむ。
赤線が川下り約10kmの道程(地図の下・南の上流から北上)、危険な通行禁止の“隼の瀬”でUターンし、上流へ少し戻り下船。雪解けで水量が増し(水深10mの箇所あり)、岩の頭は水没していて、スキーのスラロームの如く岩の間を縫う急流下りの迫力にやや欠けたのは残念だった。が、船頭の名解説と最上川舟唄を堪能。

 

(河瀬)樹林帯を5時間も放浪するとは!トドマツの巨木の下は巨大な穴があって落ちると蟻地獄のようになるでしょう?(八甲田で吹雪かれた時の私の経験)

凄まじい烈風の中の雪中ワンデルング、ガイドがいなければ危なかったかも。

今年の樹氷は不作のようですね。一昨年は10メートルを越す巨大な樹氷が観れた蔵王でしたので、来年を期待しましょう。

(保屋野)蔵王の樹氷は例年なら丁度見頃なのでしょうが、ちょっと残念でした。蔵王の樹氷は例年なら丁度見頃なのでしょうが、ちょっと残念でした。。

2年前は3月10日ごろでも見事な樹氷が見れました。

24年2月 月いち高尾(47 関谷誠)

2024年2回目の「月いち高尾」を2月28日(水)に実施。前日の台風並みの春の嵐一過の好天に恵まれ(今年の「月いち高尾」は誰が晴れ男・女なのか?2回とも幸先の良いスタート!)北高尾の山稜、渓谷と裏高尾旧甲州街道沿いの五~六分咲きの梅見を満喫してきた。  

<シニア・コース> 36年卒/鮫島さんが中心メンバーの「高尾の森つくりの会」の活動拠点となっている「高尾の森作業小屋」まで、「小下沢林道コース」散策。 

・参加者(敬称略): 34/平松、36/鮫島、高橋、遠藤、大塚、吉牟田、37/矢部、39/蔦谷、三嶋、岡沢、多田、41/相川、46/木川、47/福本、平井、田端、伊川、関谷、63/斎藤、 BWV/大場 (20名) 

10:12高尾駅<バス>⇒10:30木下バス停⇒木下沢梅林の梅を眺めながら⇒小下沢林道を和気藹々と談笑ながら散策⇒11:30高尾の森作業小屋 (昼食)<一般コースメンバーと合流>⇒12:20 参加者総勢32名が三々五々「小下沢林道」を下山⇒旧甲州街道沿いの梅を見ながら13:45摺差バス停⇒高尾駅 <一部健脚者は徒歩にて高尾駅>            文責:関谷誠  

<一般コース>(夕焼け小焼け⇒北高尾黒ドッケ⇒杉ノ丸⇒小下沢作業小屋⇒木下沢梅林) 

(1)具体的行程 

(アクセス)高尾駅北口バス停835⇒901夕焼け小焼けバス停
夕焼け小焼け園地250910⇒(1時間20)⇒黒ドッケ4891030⇒(15)⇒1045杉の丸5871100⇒(30)⇒狐塚峠⇒(15)⇒1145小下沢小屋(昼食)1220⇒(40)⇒日影1300⇒1320摺差(峰尾豆腐店)1345⇒1400高尾駅北口バス停 

(2)参加者12名(敬称略()内は昭和の卒年) 

39)堀川義夫(42)下村祥介、保屋野伸(43)猪俣博康(44)吉田俊六(45)徳尾和彦(46)村上裕治(48)佐藤充良(50)丸満隆司(51)羽田野洋子、保田実、斎藤邦彦 

(3)行程概要 

2名がコロナ感染のため欠席だったが、予定通りのバスに無事に参加者全員が乗車し、ボンネットバスやポニー牧場のある「夕焼け小焼け園地」から登山道に入る。取付きの急登を30分、息を切らせて登りベンチのある台地で小休止、ここまでかなりのスピードで上がってペースを作ることが出来た。 

少しだけ雪の残る距離の長い小さい登り下りを幾度か繰り返し黒ドッケを過ぎ杉の丸まで一気に到達する。地図上のコースタイムを大幅に短縮したので昼食は小下沢小屋まで足を伸ばすこととした。下りも快調に北高尾山稜を進み狐塚峠から小下沢小屋に向かって下る。小屋のかなり上から小屋の周りの人影が見えたので「おーい!」と声を掛けたが返事がない。われわれのグループではなかったのかと思ったが、シニアチームからしてみるとこんなに早く降りて来るとは思ってもみなかったとのことだった。
2グループ32名全員が揃って小下沢小屋の前で昼食を摂るというこの会にとって初めての大イベントとなり、会話も弾んだ。昼食後は三々五々に木下沢梅林で観梅を楽しみ、摺差の豆腐店で寄せ豆腐を味わった人も多かった。 

打ち上げはいつもの「天狗飯店」、2/9放送のテレビ番組の話題にも花が咲く。話題も豊富でいつにも増して盛り上がった「月いち高尾」でした。 

                      文責:斎藤邦彦 

<「天狗飯店」懇親会> (28名参加) 63/斎藤伸介の加山雄三ヒット曲数々のワンダー・高尾バージョン替え歌のウクレレ・コンサートで大いに燃え上がった。 

注:山行中に話題になった「黒ドッケ」の由来 

 諸説あるようですがドッケは尖った場所を指す言葉で「突起(トッキ)」が変化したもののようです。奥多摩にはこの地名が多く「三つドッケ(=天目山)」や「芋木のドッケ」などの地名が残っています。