エーガ愛好会 (143)  星のない男    (34 小泉幾多郎)

題名「星のない男」の意味は、夜道を歩くのに星を頼りに進むべき星を持たない風来坊、延いては、行くべき方向に背を向け、気儘な気質を持ち続ける男という意味か。

名匠キング・ヴィダーが、カーク・ダグラスを主演に据え、西部劇の中に、主人公の過去のトラウマと哀しみを深く掘り下げ、人間の本質を広大な原野に描き出したと言える。ダグラスも過去の個人的な魂の開放をもたらし西部的精神の再生を図る男を好演している。銃の扱い、馬の扱いは一級品だし、陽気な男気でありながらもその裏は暗い過去を持つ男。

冒頭からフランキー・レインが歌う主題歌Who knows who knows man without
star・・・ に乗ってタイトルが流れ終ると蒸気機関車が驀進してくる。駅に停車すると乗ってきたカーク・ダグラスが、失神して轢かれかけた若者ウイリア ム・キャンベルを救い、二人とも女牧場主ジーン・クレインの三角牧場に雇われる。広大な牧草地ではあるが、牛の増大と共に、隣接するライバルの丸C牧場が有刺鉄線を張ることになった。ダグラスにとって、この有刺鉄線こそが過去に殺し合いがあり、そのことで弟を死なしてしまった苦い思い出があり、ある日、仲間の一人が有刺鉄線に傷ついたことから、此処から出る決心をする。しかし三角牧場のカウボーイ頭になった過去因縁のあったやくざのリチャード・ブーンがトラブルの種をまき散らすようになり、しかもダグラスが懇意の酒場女クレア・トレバーに借りた拳銃を返却した後、リンチを受けることになった。このクレア・トレバーの十八番、粋も甘いも噛み分けた演技は巧み。この時ダグラスにバンジョーを投げると弾き語りの熱唱The moon was brighter and brighter 。主役が挿入歌として歌うなんて珍しく異色のこと。ダグラスはライバルの丸C牧場側につき、リチャード・ブーン一派との戦いに進展し復讐することになる。

全般的に放浪者としてのダグラスの心理的描写や若者キャンベルとの友情とか牧場での雰囲気描写や牛の暴走とか西部劇らしき描写に好感を持ったが、ただ一つ牧場の経営者ジーン・クレインの性格だけが、スッキリしないで終わってしまった。女性牧場主という荒くれ男の中で、身体を張って生きている存在をもう少し掘り下げてもらいたかった。しかし67年前の映画ということからすれば、こういう女牧場主を設定したことでも画期的だったのかも知れない。

(飯田)「星のない男」を観終わって、小泉さんの名解説を読み納得しました。

この映画のカーク・ダグラスはガン捌き、ガンベルトの扱い、バンジョーの弾きがかり、馬上の姿など、彼の演技の個性が十分に出た代表作の一つだと改めて思いました。カーク・ダグラスと言えば、古くは「チャンピオン」(1949年)のボクシング試合の迫力ある映像が「ロッキー」シリーズが出るまでは、ボクシング映画のベストだと思っていました。そして、ウイリアム・ワイラー監督の「探偵物語」(1951年)の鬼刑事役と彼の妻(エリノア・パーカー)との愛情の
物語の演技も、あのしゃくれた顎と顎のくぼみで、非常に印象に残った俳優でした。その後もこの映画「星のない男」(1955年)、「炎の人ゴッホ」(1956年)、エーガ愛好会では「荒野の決闘」に比して、評価が低い「OK牧場の決闘」(1957年)、「バイキング」(1957年)、「スパルタカス」(1960年)と
映画のタイトルを聞くと、主役のカーク・ダグラスの個性的な顔が直ぐに浮かぶ役を沢山演じてきました。

彼は俳優として珍しく長寿で103歳で2020年に亡くなっています。アカデミー賞とは縁が薄く、アカデミー名誉賞を受賞していたのですね。

(編集子)小生も飯田兄と同じで、初めて見たダグラスは探偵物語だったと思う。いわゆる歴史スペクタクルものはダグラス主演に限らず一切見たことがないが、西部劇では本作のほか、ロック・ハドソンとの共演作 ガンファイター と飯田君ご指摘の OK牧場の決闘 が代表作だろうか。いずれも小泉さんの御慧眼通り、なにか過去を持つ、表面にあらわれない衝動を画しているような役、つまりジョン・ウエインものなんかには出てこないシチュエーションが設定されていた。特に ガンファイター は日本版のタイトルが全く作品の陰影を覆い隠してしまっていて、一般的にはカツゲキものとみられているようだが、原題の The Last Sunset という含みを現したタイトルにふさわしい、重厚なものだった(もちろん、助演がドロシー・マローンだった、という事も小生の印象に深い理由なののだが)。 OK牧場のほうは確かに飯田兄ののたまう通り、過小評価があるかもしれないが、作品自体が大掛かりなしかけで、同じ史実の脚色の 荒野の決闘 とか 墓石と決闘 なんかにくらべて、言い過ぎかもしれないがけばけばしすぎてその分、損をしているように思える。

もう一つ、小泉解説にある ”星” の意味だ。西部劇でいう ”星” は保安官の星型の記章を意味することが多い。スズで作られた安物のはずだが、この星に正義と真実を見るのか、あるいは現実に多くの保安官がそうだったようだが単なる拳銃使いのはったりだったのか、によって作品の見方も変わってくる。著名な作品で言えばクーパーの 真昼の決闘 はこの星章に誇りと使命感をいた抱いていた男の話だし、もう一つ、あまり評判にはならなかったが、あのアンソニー・パーキンズの 胸に輝く星 は題名からして Tin Star だった。ただ、作品の意図というか主題がこの正義の象徴の星章をどうとらえるか、によって結末は違ってくる。真昼の決闘 でも 誇り高き男 でも主人公が退場するシーンではこのバッジを放り投げていく。OK牧場の主人公ワイアット・アープにしても、荒野の決闘 のフォンダと ワイアット・アープ のケヴィン・コスナーではイメージが全く違う。正義のしるしのはずの星、にもそれぞれの立場があるということか。