(久米)「ネバダスミス」の感想が西部劇ファンの小泉さんからまだでてきませんがきっと書いてくださると楽しみにしております。
監督、ヘンリーハサゥエイ(勇気ある追跡も同監督の作品でした)そして、私のお気に入りのスティーブ・マックウィーンがニヒルに格好よく主人公を演じていました。この映画は随分前に見ていたのですが見直してみると印象が随分変わってきました。カール・マルディンの悪役も珍しい、そしてラフ・バローネの神父役はもっと珍しいと思いました。マックウィーン演ずるマックスが拳銃さばき、読み書きなどを習得したりしていきながら両親の復讐を遂げるまでにはキリスト教の教えを諭す神父に出会ったりしながら成長していく姿をマックウィーンならではのニヒルでスマートな身のこなしで最後までハラハラドキドキとした映画でした。昔見たからもう見直さなくてもいいかなと思ってはいけないと感じさせてくれた映画でもありました。
(小泉)三人の男に白人の父とカイオワ族の母を虐殺された息子を演じる若きスティーブ・マックイーンが、自宅を焼き、ロードに出る復讐劇。復讐するには世間知らずで、実力も教養も足りない若者が、軽い身をこなし格好良く荒野や渓流を進み旅をしながら成長して行く様子が何とも気分よく観ることが出来た。
そのマックイーンを育てる立場の人、復讐される悪人たちが、脇役ながら風格ある演技者たちが演じているので、だらつかない作品だった。前者では、銃商人で、ガンさばきのイロハと処世術を教えるブライアン・キース、復讐と許しある尊い生き方を教える牧師ラフ・バローネ。後者では、第一の仇酒場のカード配りマーティン・ランド―、沼地の刑務所に服役中の第二の仇アーサー・ケネディ、第三の仇である駅馬車強盗の頭カール・マルデンと役者が揃う。女優陣も、美しく心優しい美女の面々が、顔を揃える。第一の仇の妻役ジョアンナ・ムーア、カイオワ族の娘ジャネット・マーゴリン、第二の仇共々監獄からの脱出に協力するスザンヌ・プレシェット。しかし女性蔑視的描き方が気になった。この美女たちとの行きずり関係はある程度致し方ないとして、監獄での描写で、女性が団体で、囚人の宿舎に入り込んでいく場面や、逃走に協力させたプレシェットが毒蛇
に噛まれ瀕死の状態を知りながら捨て去っていくマックイーンの冷たさ。もう少し描き方に工夫があっても良かったのでは?
(久米)小泉さんの女性蔑視の件につきましては同感です。昔の西部劇を観ていますとインディアンに対する姿勢も今となってはとても受け入れ難い描き方が多くあるように感じます。
スティーブ・マックウイーンの映画では女性蔑視の最たる映画、それでも私は
大好きですが「ゲッタウエイ」ではないでしょうか。妻に対して物凄い勢いで張りビンタを繰り返します。ワーこれは今では受け入れられない映画だなと感じます。女を自分の目的を達成する為の道具にしているとしか思えない男をマックウイーンが演じています。それでも妻は彼のことが好きでついて行くのです。そして私も彼が好きで映画を見てしまいます。
「ゲッタウエイ」はアレック・ボールドウインでリメイクされましたが迫力が雲泥の差でした。ちなみに映画でスティーブマックウインに殴られ続けていた女優さんはこの共演の後、マックウイーンと結婚しているのですから笑い話にもなりません。
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この映画、億万長者ハワード・ヒューズをモデルにしたハロルド・ロビンスの小説を映画化した「大いなる野望1964」のいわばスピンオフ作品とされる。”大いなる野望(The Carpetbaggers)は、エドワード・ドミトリクが監督した1964年のアメリカ合衆国の映画で、ハワード・ヒューズを大まかなモデルとした、ハロルド・ロビンズのベストセラー小説『大いなる野望』に基づいて制作された。ジョナス・コード・ジュニア役でジョージ・ペパードが主演し、アラン・ラッドが西部のガンスリンガーで、後に俳優になったネバダ・スミスとして出演した。アラン・ラッドはこの映画が最後の出演作となった。この映画は1960年代のセクシャル革命としての画期的な作品となった。小説で度々描写されていたように、映画にも男女間の包含や当てこすり、そしてサディズムが含まれていて、当時の他の映画よりも進歩的であった(ウイキペディア)。
(編集子)本編とは離れるが、上記 大いなる野望 のジョージ・ペパードはお気に入りの一人である。。いろんなテレビシリーズもあるが、ジャック・ヒギンズの名作 狐たちの夜 が何といっても良かった。最近テレビで放映の トブルク戦線 ではロック・ハドソンよりも印象的だった。役柄として能力にあふれているがトップには立たない、その在り方をいつも客観的というか冷笑的に見ている、というようなものが多かったように思っている。
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