後藤三郎君から興味のある文献を紹介してもらった。米国政府の公式文書らしく、持って回った表現も多いが、最近の情勢の判断(とまでいかなくとも解釈)には役立つ情報と思え、独占するにはもったいないので、素人の拙訳を試みた。原文(面白いことに訳文もそうなったが)がA4に印刷して16ページとやや長いので、連続4回に分けてご紹介したい。固有名詞には公式な日本語訳ばあるのだろうが調べる手間を省き適当な訳語を当てたが、訳注 として原文を併記した。翻訳の過程で、言外の意味がありそうに思える単語も同様にした。識者のご指導を頂ければありがたい。
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中華人民共和国に対する米国の戦略的アプローチ
United States Strategic Approach to the People’s Republic of China
米国と中華人民共和国(以下中国)との外交関係が1979年に樹立されて以来、米国の対中国政策の基本は二国間の交流の深化によって中国の基本的な経済や政治体制がオープンになり、その結果中国がより開かれた社会になることによって、世界規模で建設的かつ責任を有するステークホルダになってゆくことを期待したものであった。以来40年余が経過した今日、このアプローチは中国における経済的・政治的改革を抑制しようとする中国共産党の意志を過小評価していたのだということがあきらかになったと言える。過去20年間、改革は遅延し、減速し、あるいは逆方向に転じた。中国の急速な経済発展と世界各国との関連の深まりは、米国が期待してきた個人を尊重し、自由かつ開かれた体制には結びつかなかった。その代わりに中国は自由かつ開かれたルールを悪用し、国際的なしくみを自国の利益のために書き換えるという道を選んだのである。北京は中国の利益とイデオロギーに一致するように国際的ルールを変更しようとしていることを公言していて、中国が経済的、政治的、軍事的手段を拡大しながら各国の黙認を強制していることは明らかに米国の利益に反し、世界各国の主権と尊厳を危うくするものである。
この北京の挑戦に対して、米国政府は対中国政策として明確に競合していく方向を選んだ。この基盤にあるのは、中国の意向と活動を冷静に見極めるとともに米国の戦略的優位性と欠点を評価し、双方向に発生する摩擦の増加を覚悟することである。このアプローチは中国に関する特定な終局を規定するものではなく、米国にとって重要な国益を保護することであり、その内容は2017年制定の米国安全保障戦略(National Seurity Strategy for the United States of America, NSS)に規定された4本柱、すなわち、(1)米国国民、領土、生活様式の保護 (2)米国の繁栄の推進 (3)力による平和の維持 (4)米国のかかわりあい(訳注:American influence)の推進 である。
この中国戦略に対抗すべき競合アプローチには、二つの目的を設定した。
第一の目的は中国からの挑戦に対し、米国の制度組織、諸国との連携、パートナシップの基盤の対抗力の強化(訳注;Resiliency)によって激化する中国の影響に立ちむかい勝利する(prevail)ことである。第二の目的は北京が米国および連携各国のの致命的(vital)な国家利益を脅かすような行動を辞めるか、削減するようにしむける(compel)ことである。
だが中国に対して明確に対抗するとしても、米国は両国において共通する利点が存在すれば、協調していくことは歓迎する。競合は必ずしも対抗や対立へむかうことを意味しない。米国は中国市民に対する深くかつ永続的(deep and abiding)な敬意を持ち、長い期間にわたってのきづなを持っている。中国の封じ込めとか中国の人々と疎遠になることなどを望んでいるわけではない。米国が期待するのは中国との間の公正な競争を通じて、双方の国家、企業、個人が安全と繁栄を享受することなのである。
中国との戦略的競合に優位に立つには、複数の利益共有者(stakeholders)と協力体制を構築し、わが政府(the Administration)は我々が有する固有の利益と価値観を保護することを公約する。この面で政府にとって致命的なパートナーは連邦議会, 州および地方自治体、企業セクタ、市民社会および学界である。連邦議会は各種のヒアリング、声明、報告書などを通じて、中国が手を染めている悪意ある行動様式(malign behavior)について明らかにしてきた。また一方で連邦議会は米国政府に対し、我々の持つ戦略的諸目的を遂行するに必要な法的権限と資源を与えた。政府はこれに加えて連携先やパートナーがより冷静かつ強固な対策を講じていくための段階的な指針をあきらかにしている。それらのなかでは、2019年3月にヨーロッパ連合(EU)があきらかにした EU-CHINA: A Strategic Outlook が特に重要と考えられる。
米国は連携国、パートナー、国際諸組織などと協力関係を結び、お互いに共有する自由と開かれた関係の原則を支援していくべく、積極的な諸方策を築きつつある特にインド・太平洋領域では、これらの活動は国防省の2019年11月付け 自由で開かれたインド太平洋報告(A free and Open Indo-Pacific: Advancing a Shared Vision)に書かれているし、米国はこのほかにも、相互の理解に基づいたビジョンやアプローチ、ASEAN(Asso-ciation of Southeast Asaian Nation) のインド太平洋概観(Outlook on the Indo-Pacific), 日本の開かれたインド太平洋ビジョン、インドの領域安全保障・成長政策、オーストラリアのインド太平洋政策、韓国の新南方政策、台湾の新南方政策,などと協調している.のである。
この報告の目的は、現政権がわれわれの競合戦略の一部として、世界規模で実行している政策や実際の行動のすべてについて詳細を述べることではなく、前記NSS戦略の実現に当たって、特に中国に特化した部分について焦点をあてることにある。
挑戦 Challenges
中国は米国の国家的利益に対して数多くの挑戦状を突き付けている。
- 経済面での挑戦 Economic Challenges
北京政権は経済面での改革を重視せず、その代わりに国家指導の保護主義を通じた活動で米国企業の活動を妨げ、国際的慣行を守らない上に環境破壊をもたらしている。2001年、WTOに参加した際には、北京は開かれた市場経済政策を認め、その行動原理を同国の商業制度や関係機関に遵守させることに合意した。したがってWTO参加国は中国が改革を推進し、中国を市場原理に基づく経済貿易体制にする路線を推進するものと期待したのである。
この期待は実現されなかった。北京政権は競争原理に基づいた規範や行動を貿易や投資行動に反映させることをしなかったばかりか、WTOのメンバーであることを悪用して世界最大の輸出国に躍り出るとともに自国市場の保護する政策を実行してきた。この経済政策は巨大な過剰産業能力を生み出して世界規模の価格破壊を惹起し、結果として中国が自国企業に与えている不公平な保護手段を持たない競合各国の犠牲の上に市場規模を拡大することになったのである。中国は非市場型経済構造を温存する一方で貿易、投資面では国家主導の重商主義的政策を堅持している。政治的改革も後退するばかりか逆行して、政府と共産党との区別がつかなくなりつつある。任期制限廃止を決定したことによって事実上、周主席の終身在位が定まったことがこの間の事情を明確に示しているといえる。合衆国通商代表部 (USTR) は2018年の報告(注1)において、中国政府の行動、や政策、その実践の多くが非合理的、差別的であって、米国の通商の妨げ、またその行動を制約していると結論した。徹底した調査を通じてUSTRは中国が
- 米国企業に対し、その技術を中国企業に移転するよう要請し、圧力をかけている
- 米国企業が有する技術のライセンスを市場で活用することを強硬に制約している
- 米国企業の有する先端的技術や資産の自国企業への移転を、直接、あるいは不公正な方法で指導している
- 米国企業ネットワークへの非合法なサイバー攻撃を実施あるいは支援して重要な情報や企業秘密を探っている
と結論付けている。
北京はこのような略奪的経済行為をやめさせると公約はしたが、その多くは破られ、実行に移されていない。2015年、北京は政府指導によるサイバー攻撃を用いた企業秘密の入手をやめさせると公言し、同じ声明を2017年、2018年に繰り返した。2018年後半、米国ほか1ダースにも及ぶ国々が、世界規模で発生している、知的財産や企業秘密の窃取を目的としてコンピュータへの不法侵入が、中国国防省(訳注 Ministry of State Se-sucurity)に関係する業者によって行われているとした。これは北京の2015年の公約違反である。2018年以降、北京は知的財産保護に関する複数の国際公約に署名しているにもかかわらず、世界で起きている公約違反事象の63%は中国によるものであり、その影響は世界中の合法的企業に巨額の損失を与えている。
北京政府は中国がいまや ”成熟経済(mature economy)“ に達したと公言しながら、一方では国際的環境にあってはなお、開発途上国 (developing country)であると主張し、その中にはWTOも含まれている。高度技術製品の世界最大の輸入国、GNP、国防費、対外投資においては米国に次ぐ世界第二位でありながら、みずからを開発途上国であると言い募ってその政策や行動を正当化して、世界規模で多くの分野を組織的に攪乱して、米国及び各国に害をなしている.
一帯一路(One Belt One Road, OBOR)は中国が主宰するいろいろな活動の総称であるが、その多くは国際的な規範、標準やネットワークを北京の利益や構想に役立つ形に書き換え、あわせて中国国内の経済的要求に沿うようにし、その構想と関連する活動によって、中国は自国の産業標準を主な技術分野に定着させ、中国以外の諸国の企業を自国の企業に隷属させようとするものである。北京が一帯一路と呼ぶものには、運輸、情報および通信技術、エネルギー基盤の分野、インダストリアルパーク事業、メディア活動上の協力、科学および技術、文化および宗教面の各種プログラム、さらには軍事および安全保障上での協力などが含まれており、関係する商業上の紛争については中国共産党に属する独自の法廷によって調停するものとしている。米国は中國による持続可能かつ高品質の開発を、国際的規範にのっとるものであれば歓迎するものであるが、一帯一路のもとでのプロジェクトは度々これらの規範から逸脱し、低品質、不正行為、環境悪化、公的な監視や関係コミュニティの無視、不透明な貸し付けや主管する国家のガバナンスを悪化させ、財政的問題を引き起こす契約行為を引き起こしている.。
これら経済的優位性を利用して他国に政治的譲歩を迫ったり、あるいは明らかな報復行為を行う中国の行動が激化していくことにかんがみ、米国は中国が一帯一路政策を不当な政治的影響や軍事行為への転化をはかるだろうと判断している。すなわち、北京は各国政府、指導層、企業、シンクタンクそのほかの機関に対し、しばしば不透明な方法によって、中国共産党の意向と報道の自由に対する検閲へと向かわせるべく、威嚇と誘導を行っていると判断せざるを得ない。中国はすでにオーストラリア、カナダ、韓国、日本、ノルウエイおよびフィリピンなどの国々との交易や観光旅行に制限を加え、特にカナダ市民を拘留するという態度に出て、各国の国内政治や司法制度を妨害する行為を行ってきたし、またダライ・ラマの2016年のモンゴル訪問後、中国は内陸部にある同国からの鉱物輸出を中国経由に制限し、同国の経済を一時的にマヒさせるという行動に出た。
北京はまた、環境保護上の努力を世界的に誇示して ”環境緑化(訳注 green development)の推進をしていると主張する。しかしながら、過去十年以上にわたり、中国は世界最大の、それもはなはなだしい量の温室ガス放出国である。同国は “2030年ごろまで“ はこの放出を是認するというあやふやで実効の危ぶまれる公約を明らかにしているが、この計画に含まれている排出量の増加分は、他の世界各国が努力している削減量をはるかに上回るものである。一方で中国は多くの開発途上国へ環境汚染につながる火力発電設備を輸出している。さらに中国は世界最大のプラスチックによる海洋汚染の発生元であり、毎年350万メトリック・トンにおよぶ放出をしているし、世界第一の違法、無届、無制限の漁業活動を行って、沿岸諸国の経済を害し、海洋環境を破壊しつづけてが、環境保護に指導的役割を果たすと称する美辞麗句には全く適合していないのはあきらかであろう。