リバタリアニズムと米国テクノロジー エリート起業家達との関係 (日本HP OB 五十嵐恵美)

(五十嵐さんは編集子横河(日本)HP勤務時の同僚。同社退社後カリフォルニアに移り、現地企業で日米企業間の交流に尽力してきた。現在はシリコンバレーの中核の一つ、メンロパークに居住)

4月20日付でご投稿のあった「リバタリアニズム」に関して、エディターより “カリフォルニアあたりではこの動きがどのように受け取れられているか、何かご存知でしたらご投稿いただければ嬉しいです。トランプのことも日本では結構まじめに考えている人もいるので、そちらの受け止め方がとても興味があるところです” とのメールを頂いた。残念ながら、リバタリアニズムはあまりシリコンバレーで頻繁に(少なくとも筆者の周りでは)ディスカッションされている話題ではないし、渡辺靖氏著の「リバタリアニズム:アメリカを揺るがす自由至上主義」を購読していないのでもしかしたらポイントがずれているかもしれないが「リバタリアニズムと米国テクノロジー エリート起業家達との関係」に焦点を絞って私見をまとめてみた。

2017年9月にスタンフォード大学のDavid E. Broockman教授、同大学Neil Malhotra教授、ジャーナリストGregory Ferenstein氏によって “Wealthy Elites’ Policy Preferences and Economic Inequality:  The Case of Technology Entrepreneurs” https://www.gsb.stanford.edu/gsb-cmis/gsb-cmis-download-auth/441556 と題する論文が発表された。論文は全米のテクノロジー関係の起業家および最高責任者約600名(うち三分の一はアップル、フェイスブック、グーグルを含む、シリコンバレーの起業家、最高責任者たち)を対象に行ったアンケートの結果で、簡単に言うと、米国のテクノロジー エリート達は(予想に反して)民主党が掲げる社会福祉をサポートし、ビジネスを中心に動くプラグマティズムをモットーとする集団で、恐らくリバタリアンではないという結論である。彼らは民主党、共和党、またリバタリアンの思想、路線ではないミックスされた考えを持ち、アンケートの結果として、

  1. 24%がリバタリアンと自称
  2. 62%が政府のビジネス介入には反対、社会福祉のプログラムをサポートするためにより高い税金を払う富の再分配には賛成(下記テーブル)

全米のテクノロジー エリートは富の再分配には賛成、政府のビジネスに対する規制には反対

ワシントンD.C.に本部を置くシンクタンクのケイトー研究所/財団が2018年に(2017年のデータをもとにして)全米でリバタリアンとして登録されている党員の上位10州を発表した(2017年7月時点でのリバタリアン党員数は51万、ちなみに民主党員数は4470万、共和党員数は3280万)。

  1. モンタナ
  2. ニューハンプシャー
  3. アラスカ
  4. ニューメキシコ
  5. アイダホ
  6. ネバダ
  7. テキサス
  8. ワシントン
  9. オレゴン
  10. アリゾナ

(ケイトー研究所はリバタリアニズムの立場から「伝統的なアメリカの原理としての、小さな政府、個人の自由、市場経済、平和などの拡大のための議論を深める」ことを使命として掲げるシンクタンク)

全米で総合的に最も自由で規制のない上位5州は(ケイトー研究所による)

  1. フロリダ
  2. ニューハンプシャー
  3. インディアナ
  4. コロラド
  5. ネバダ

全米で総合的に最も規制の厳しい上位5州は(ケイトー研究所による)

  1. ニューヨーク
  2. ハワイ
  3. カリフォルニア
  4. ニュージャージー
  5. ベルモント

シリコンバレーに戻って考えてみると、昔からシリコンバレーのエリートたちは、ポリティカルな集団ではなく、一般的に極端なプラグマティズム(実用本位)をモットーとするビジネス中心の集団である。アップルのスティーブン ジョッブス、フェイスブックのマーク ザッカーバーグに代表される、ティー シャツにジーンズのエリートたちの見かけは彼らの前任者たちとは違うように見えるが、内容は昔ながらのシリコンバレーのエリートたちとビジネスの成功への努力と執着、個人または会社の富を社会に還元する姿勢に関してはあまり変わらない。彼らが育った時代が60年、70年台以降だとすると、女性、マイノリティーの社会への進出、シリコンバレーの無国籍化および国際化、IPO (新規公開株)に関連した富、成功に関するより強い執着、等々、外国人が進出したことも含め、シリコンバレーのアイデンティティー、社会的価値観は大きく変化している。ただし、恐らく、彼らの仕事への執着、成功への執着、そして同時に個人の富を社会へ還元する信条は不変であると思う。

リバタリアンの政治理論は諸々のイシュー(社会、政治問題)によって細かく定義されている。例えば、プロチョイス(人工妊娠中絶賛成)、自殺容認、移民賛成、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)容認、銃砲取り締まり反対、薬物使用取締反対、政府の福祉プログラム排除、年金制度の民営化、等々、総合すると党の基本的な政策は、

  1. 個人的自由の擁護
  2. 拡大国家に対する批判(軍備増強に反対)
  3. 市場優位(市場の重視)

シリコンバレーのエリートたちは民主党支持が主流で、民主党が支持する労働組合には反対だが、諸々の社会福祉のプログラムには賛成で、基本的に、ここがリバタリアンの掲げる政府の福祉プログラムを全て排除する思想と大きく違うところだ。

2020年の大統領選挙戦の予測は時期尚早ではあるが、現在の時点で、景気が続けばトランプ大統領の再選も現実的であるし、21名の民主党立候補者の中で、バイデン元副大統領の可能性もある。日本でも当てはまると思うが、米国の政治は政治献金、圧力団体のロビーが多大な勢力を振るう。全米で総合的に最も政府の規制の厳しいニューヨーク州(#1)、カリフォルニア州(#3)の政治献金、ロビーの国政に対する多大な影響力が今後も続くと仮定すると、リバタリアンが現時点で米国の政治の中心となる可能性は少さいのではないか。

ますます国際ビジネスの競争、国際政治の主義主張の違いで争いが高まる中、米国の政治の現実はリバタリアンの「個人的自由の擁護」を第一とする理想主義、あるいは主義主張に妥協のない純粋な政治思想からはかけ離れているように見える。米国流に考えると、米国で自由(リバティー)を獲得するためには純粋な政治思想の”信者”にならなくとも、現実的に入手可能なリバティーは得られるのではないであろうか。