エーガ愛好会  (139) 市民ケーン   (普通部OB 舩津於菟彦)

当時25歳の若き天才オーソン・ウェルズが製作・監督・脚本・主演を務め、映画史に残る傑作として語り継がれる人間ドラマ。実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルに、ある大富豪の波乱に満ちた一生を、革新的な映像技法とストーリー構成で描き出す。大富豪の新聞王ケーンが「バラのつぼみ」という謎の言葉を残してこの世を去った。その言葉の意味を探るよう調査を命じられたニュース映画の編集者は、ケーンの元妻や事業のパートナーら、生前の彼を知る人々に取材を重ねていく。やがて浮かび上がったのは、すべてを手に入れた男の孤独な生涯だった。
1942年・第14回アカデミー賞で脚本賞を受賞。作品賞など9部門にノミネートされながら其の他の賞は新聞王ハーストのの妨害が在り取れなかったと言われている。「薔薇のつぼみ」というのがネタバレ的にこのエイガのツボに成っているが、彼にとって「バラのつぼみ」とは、手に入れることのできなかった「愛」なのだった。最後にかつて幼きケーンが遊んでいたそりがあり、誰も気にも留めないそのそりには「ROSEBUD(バラのつぼみ)」のロゴマークが印刷されていた。城の煙突からは遺品を燃やす黒い煙がもくもくと天へ立ち昇り、屋敷を囲むフェンスには「NO TRESPASSING (立入禁止)」の看板が掲げられていたラストシーンは印象的。
何が凄いかというと先ず映画の撮り方が斬新。パン・フォーカス、長回し、ローアングルなどの多彩な映像表現など。そしてストリー全体がフラッシュバック型式に語られている。記者が取材を行う形で、ケーンの少年時代から晩年までが回想シーンで順々に描かれていく。劇中に過去の出来事を入れるこのような技法を“フラッシュバック”と言い、1900年初期にはすでに使われていたようだが、より効果的に用いたのが本作だった。
語り手それぞれの視点によってケーンの様々な人間性があぶり出されていき、黒澤明監督も『羅生門』(50)や『生きる』(52)などでこの手法を使っている。
また出演者の殆どが初めての出演というのも凄い。ジョゼフ・コットンは演劇関係のジャーナリストとして働いていたが、俳優になるためニューヨークに移り1930年にブロードウェイにデビューし、そこでオーソン・ウェルズと出会って、1937年から彼の劇団に参加するようになった。翌年、ウェルズの監督作品『市民ケーン』で映画デビュー。
このジャーナリストとして「ケーン」が頭角を現すのはケーンの両親は小さな下宿屋を営んでいたが、ある時宿泊費のかたに取った金鉱の権利書に大変な価値がある事がわかり、その名義人である母親は大金持ちとなった。母親は反対する父親の声に耳を貸さずケーンをニューヨークの銀行家サッチャーの元に預け、彼に運用を任せた資産をケーンが25歳になった時に全て相続させる事を決める。雪の中そりで遊んでいた幼いケーンは自身をニューヨークへ連れ去ろうとするサッチャーを持っていたそりで殴りながらも結局両親から無理やり離されニューヨークで育った。25歳になり莫大な資産を相続したケーンはサッチャーに「育ててくれと頼んだ覚えもない」と、後見人でありながら冷たく彼を遠ざけ去り、友人のバーンステインとリーランドを引き連れ、買収した新聞社「インクワイラー」の経営に乗り出す。
彼が手法とした「センセーショナリズム」は友人や古株の社員に批判されるが、結果的にビジネスは成功し、廃業寸前の弱小新聞社であったインクワイラーの部数はニューヨークでトップとなる。37の新聞社と2つのラジオ局を傘下に収めた新聞王チャールズ・フォスター・ケーンは時の大統領の姪と結婚するが、妻とは反りが合わず次第に会話も無くなっていく。ケーンは労働者達の為に政治家になるのだと宣言しニューヨーク州知事選挙に打って出る。選挙戦ではライバル候補であり現職知事のゲティスの悪評を責めるばかりで大衆の人気をさらい圧勝かと思われたが、ゲティスは愛人スーザンの存在を突き止め、知事選の前日にケーンと妻をスーザン宅に呼び出し、「出馬を辞退しなければケーンの不貞を世に暴露する」と脅す。ケーンは激怒しその要求を突っぱねたが、ニューヨーク中のメディアにスキャンダルを報道されイメージが地に堕ち、教会をも敵に回してしまい無残に敗北する。敗北の夜、リーランドはケーンの労働者への愛は独りよがりの愛だと強く批判し、妻と息子もケーンの元を去る。
知事選とスーザンの一件でもうニューヨークには居られないと感じたケーンは、郊外に荘厳な大邸宅、通称「ザナドゥ城」を建て移り住むが、ケーンと2人、他には使用人しかいない孤独な生活にスーザンは次第に不満を募らせる。そしてある日ケーンと口論となったスーザンは「あなたの行いは全て自分の為」と言い残し、行かないでくれと懇願する彼の元を去る。一人残されたケーンは彼女の部屋にある物全てを破壊していくが、スノードームを見つけるとそれを握りしめ呆然とした表情で城のどこかへと消えた。そして時は流れ、年老いたケーンは孤独な最期を遂げる。トンプスンは最後にザナドゥ城まで取材にやってくるが結局誰も「バラのつぼみ」の意味を知らず、その意味は謎のままに終わる。
**********************************
小生、普通部-中学校-の頃から新聞製作をして大学でも新聞研究所に所属していたので、マスコミ-新聞-は記者は多くの読者が後ろに控えている事を意識して取材し、一人のために書く物では無いと事を嫌と言うほど教えられた。しかし、新聞しか無い時にはその影響力は凄いモノで、ついつい天下取ったと思ってしまうのかも知れない。今日も知床観光船社長の記者会見で「天下を取った」様な気分で質問している記者が目立つ。
日本の新聞も読売の正力、朝日の村山、産経の前田などが創業者として影響を与えてきた。なかでも時事新報は1882年(明治15年)3月1日、福澤諭吉の手により創刊され、その後、慶應義塾大学およびその出身者が全面協力して運営した戦前の五大新聞の一つである。創刊に当たって福沢は「我が日本国の独立を重んじて、畢生の目的、唯国権の一点に在る」と宣言した。不偏不党とか皆平等とか言うがやはりそれなりの旗幟があって、アメリカではハッキリ支持政党などを謳って書いているが、日本ではやや曖昧で、もうすこしハッキリ旗幟を出しても良いのではと思う。

                                                                                                                                   (保屋野)名作中の名作と云われる「市民ケーン」は昨年6月に、愛好会でも話題になりました。

その結果、斬新な映像については評価が高かった半面、総じて、意外にも「やや否定的」な感想が、私含め多数を占めました。

(安田)映画史上ベストとの評を知りつつ、前回に放映で初めて観ました。1〜2年前だったでしょうか。新聞王ウイリアム・ハーストの生涯に興味があって、筋を追うことに一杯で、画期的な映像表現には充分気がつきませんでした。録画をまた観て、その辺と素晴らしい映像美も楽しみたいと思います。Rosebudの謎にも注視したいと思います。