エーガ愛好会 (133) 天使と悪魔   (44 安田耕太郎)

主人公はハーヴァード大学教授で宗教学者ロバート・ラングドン(トム・ハンクス)。ハンクスは前作「ダ・ヴィンチ・コード」(原作者は同じダン・ブラウン)に続くラングドン役。ヴァチカンとローマを舞台に、「教皇選挙」を意味するコンクラーヴェ(Conclave)を背景に、予告された連続殺人を中心にサスペンス・スリラー物語が展開する。中世の歴史小説を読んだ時、聞きなれない「コンカラーヴェ」なる、教皇逝去後、次期教皇を枢機卿の中から選出する全枢機卿による選挙のことを知った。コンクラーヴェはミケランジェロの大作壁画「最後の審判」が描かれているシスティーナ礼拝堂で行われる。コンクラーヴェはラテン語で鍵のかかった秘密の場所という意味で、選出過程は複雑で、結果が出るまで枢機卿は立ち入り禁止の場所に缶詰状態で長い期間かかるところから、「根競べ」などと言って、この馴染みのない言葉を覚えたものだった。教皇が選出されると礼拝堂の煙突から白い煙がでて民衆に知らしめる習わしが1000年以上続いている。
ヴァチカンの警護体制は複雑で、ローマ市警、ヴァチカンの警察、そして親衛隊ともいうべきスイス衛兵隊が担当している。この辺りも複雑な物語の伏線になっているようだ。

そのコンクラーヴェを前に、有力な候補である4枢機卿が誘拐される。ラングラー教授が事件解決の為アメリカから呼ばれた。キリスト教とその歴史に疎い者にとっては話の筋を掴むに難儀するが、誘拐の陰には、その昔、近代科学の父と呼ばれたガリレオ・ガリレイ(1564 – 1642年)を中心にした科学者たちによる秘密組織「イルミナティ」が存在していた。科学を信仰するイルミナティは、宗教を第一義とするヴァチカンからの弾圧によって消滅を余儀なくされた組織だった。しかし、彼らの残党は、科学の先端技術によって欧州原子核研究機構が生成することに成功し驚異的な破壊力を持つ「反物質」を盗み出し、ヴァチカン全体の破壊をも計画していた。

ラングラー教授は、ヴァチカンを護衛するスイス衛兵隊長や前(故)教皇の秘書長(役職名をカメルレンゴと言い、ユアン・マクレガー演じる。教皇空位の場合は教皇代理を務める)と共に、事件の解明に乗り出す。誘拐された枢機卿は、この世界の物質は、「土」「空気」「火」「水」の4つの元素から構成されるという概念のキーワードのまま、それらの焼き印を胸に押され一人ずつその元素に関連する方法と場所で、予告殺害されていく。薄気味悪い殺害シーンではあった。4人目はナヴォ―ナ広場の噴水に重りを着けられた枢機卿が投げ込まれるが、間一髪のところで救い出される。物語の展開は、恐るべき破壊力を持った「反物質」の使用を目論む得体の知れない犯人の正体、不気味な殺害とヴァチカン内部の解りにくい人間関係が絡み合い、予告殺害場所もローマの歴史的名所旧跡(ナヴォ―ナ広場、サンタンジェロ城など)を舞台とするなど見応えがあり、映画を通して緊迫感に包まれていて、予想外の結末には驚かされた。

ローマ市内で撮影を行うトム・ハンクスとアイェレット・ゾラー

「反物質」を奪い返してヘリコプターで空高く舞い上がり空中でそれを爆発させヴァチカンを救った英雄的な行動を執り、パラシュートで無事帰還したカメルレンゴ(ユアン・マクレガー)を次期教皇に推す声が他の枢機卿から一斉に挙がった。しかし、実はカメルレンゴはイルミナティの黒幕で全てを謀っており、前教皇を異端者として殺害したのはカメルレンゴであったのだ。カメルレンゴと実は相棒であったスイス傭兵隊長の二人の悪魔の秘密の会話を録音されたテープレコーダーで聞いて、ラングドン教授はそのことを悟ったのだ。事態が首尾良く運ばないことに観念したカメルレンゴ(マクレガー)はヴァチカン聖堂の地下で焼身自殺をして果てる。新教皇にはナヴォナ広場の噴水で危機一髪溺死を免れた4人目の枢機卿が選出された。

舞台となった場所がヴァチカン内部など、見応えのある歴史的旧跡を巡って映像が展開されたのは観ていて大変興味を惹かれた。結構神経を凝らして観ないと話に付いていけないキリスト教関連の映画であるが、その価値は充分にあると思った。

(小田)私も放映された’09年にこの作品の本を読み、映画も見に行きました。今回も録画しておけばよかったのですが…グロテスクなところがありますが、迫力とスピード感のある物語です。

最初の粒子の研究施設は、旅行でちょっと立ち寄った、岐阜の神岡カンテ(パネル説明のみ)や夫の通った重粒子病院を思い出させます。(全然違うのかもしれませんが)。又、中に入る際の認証に使われる❬眼球❭が取り出されていたことは、もし、今使われている、顔や指紋だと…と怖い想像をしてしまいます。(これに比べれば、白内障の手術なんて…?)
コンクラーベの煙の場面は、黒澤明監督の「天国と地獄」の白黒映画でそこだけピンクの煙が煙突から昇る名場面を思い出します。
主人公のラングドンが空気を薄くしてあるバチカンの書庫に閉じ込められ、脱出の為、大きな本棚を次々に倒して行くシーン、そして安田さんご指摘の最後のヘリコプターの場面等、印象に残る迫力のあるシーンが色々出てきます。
又、教皇候者達がローマの史跡で空気/火/水/土に合わせ殺害されるというストーリーは、よく結びつけたものだと、前作同様驚きます。前作の「ダ·ヴィンチ·コード」に似て、観光するのが薄気味悪くなりそうです。
原田マホさんは、「美術の物語」という本を猛勉強して、早稲田に入ったそうです。そして「ダ·ヴィンチ·コード」を読み、名画の前で殺害されるようなストーリーを書いても許されるのだと思い、好きなルソーの絵からミステリー「楽園のカンバス」を書いた、…とTVでおっしゃっていました。
(児井)お馴染み安田さんの映画論「天使と悪魔」これまた懸命に拝読しました。この作品は過って観ましたが、物語の複雑な展開を追うことに必死で、その背景を知る由もありませんでした。そこでこの度の貴兄の絶妙な解説でその辺が良く解かりました。折を見て、再度観たいと思います。