ユニクロで思い出した話   (普通部OB 船津於菟彦)

年末になり先ず美容院へ行って髪をチョキン。6300円也そして年始から新玉の下着でとユニクロに久し振りに参りました。前にも一度書いたかも知れませんが何とICTagでレジがあっと言う間に終わり。現役時代、ICタグとは因縁があるので、ご参考までに解説を一席。

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ICタグ(アイシータグ)とは、電波を受けて働く小型の電子装置の1つで、RFID(Radio frequency identification)の一種である。非接触ICカード(アイシーカード)も原理は同じである。プラスチックのカード形状のものを一般的にICカードとよぶ。ICカードには表面に金属端子のある接触型ICカードと、端子のない外部からの電波で動作する非接触型ICカードがある。

ラベルや値札などの形状で使われるものを「ICタグ」を一般的に呼称するが明確な基準はない。電波を受けて動作するICタグ、ICカードをまとめてRFタグともいう。ICタグリーダーから発射される電波により微量な電力を得ることで個別番号などの情報処理を行い電波を送信する。リーダーはこの電波信号を読み取ってICタグの情報を得る。その際に、リーダーはICタグに接触させる必要はない。
電波の到達距離が短いタイプは電源を内蔵する必要がない、小さく薄い、コストが低いため使い捨てできるという特徴により、商品にICタグを取り付ける自動読み取りのセルフレジ用として普及している。また生産者や流通経路を記録することも可能である。

HF帯ICタグに関する国際標準として以下の2つがある。
• ISO/IEC 14443:10cm以下の近接型の情報伝達用途
• ISO/IEC 15693:70cm以下の近傍型の情報伝達用途
これらはともに非接触型ICカード・RFID用として想定され、13.56MHz帯の電波を使用する。実際の到達距離は規格上の距離より長くなる傾向がある。

日本でのICタグの歴史は浅く、電池を使ったRFIDとしては1991年に2個のリチウム電池による非接触型カードが登場し、その後、本格的なICタグは125kHzを利用したドイツ製Philips社の”Hitag”が1997年に登場した。その頃すでに米国では、1995年に米TI社からは自動車用キーや家畜の判別用として”Tagit”と名付けられたガラス管封止型の134kHz利用のICタグが登場していた。1999年には13.56MHz利用でEEPROM半導体を使ったICタグが登場し、非接触での動作距離が飛躍的に伸びてからはこの短波帯の13.56MHzが近傍型ICタグの世界規格、ISO15693として普及している。

RFID(Radio Frequency Identification)タグとは、電波を用いてタグのID情報を非接触で読み取るシステム。JRの「Suica」よりも電波が遠くに届き、さらに複数点を一括で読み取れるところが利点で、このタグを採用することで、これまで1点1点バーコードで読み取っていたのが、一瞬で複数点を読み取ることができるようになった。レジを通過すると「レジ通過」という番号が書き込まれる。レジを通過しない商品を店外に持ち出すと盗難ブザーが鳴るという仕組みになっていて、店舗の出口には盗難防止用のリーダーが設置しておけば、万引きしたものをポケットに隠してもブザーが鳴るようになっている。一般的な値段は タグ1枚5~10円、レジ決済用のリーダーライターが1台20万円前後だそうだ。

似た様な物でQRコードがある。QRコード(キューアールコード)は、1994年(平成6年)に日本・愛知県の自動車部品メーカーであるデンソーの開発部門(現デンソーウェーブ)の原昌宏と渡部元秋を中心としたチームが発明したマトリックス型二次元コードで、国際規格である。工場や配送センターにおける物品管理から実用が始まったが、データ読み取りや店頭決済用コードとして世界中で多用されている。

「QR」は Quick Response の頭字語であり、高速読み取りを目的の一つとしている名称である。「QRコード」はデンソーウェーブの登録商標(日本第4075066号[4])であるが、特許権者のデンソーウェーブは、まずはQRコードが普及するよう敢えて特許をオープンにすることとし、規格化された技術に対して特許権を行使しないと宣言している。凄いなぁ。

バーコード(英: barcode)は、縞模様状の線の太さによって数値や文字を表す識別子の一種である。仕組みとしては、数字・文字・記号などの情報を一定の規則に従い、一次元のコードに変換している。これを主に店頭などで使われているレジスターや、流通過程で使用されている各種の管理用情報端末などの機械が、読み取りやすいデジタル情報として入出力できるようにしている。

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無線通信で四苦八苦した思い出が思わぬところから甦り、時代はどんどん進歩しているんだなぁと思った。もう来年からは自動車の自動運転は当たり前になるだろう。更にかっては全く無かったAIの力は素晴らしく総ての物にAIが活用されよりその機能が進歩するだろう。しかし、プライシーの問題が出てくる。ICTagで追跡調査とか—–まぁ技術の進歩にはいろいろ使い勝手があるものだ。

 

(編集子)デンソーの英断はすばらしい。参考までに書いておくと、電子機器の接続の標準化手段として HPIB (HP Interface Bus)があるが、これはヒューレット・パッカードの開発になるもので、完成時点で当時の社長ヒューレットの英断でこのデンソーと同様、無料で公開して当時は話題になった。現在は世界共通のインフラになっている。

General Purpose Interface Bus (GPIB) or Hewlett-Packard Interface Bus (HP-IB) is a short-range digital communications 8-bit parallel multi-master interface bus specification originally developed by Hewlett-Packard and standardized in IEEE 488.1-2003. It subsequently became the subject of several standards. Although the bus was originally created to connect together automated test equipment, it also had some success as a peripheral bus for early microcomputers, notably the Commodore PET. Newer standards have largely replaced IEEE 488 for computer use, but it is still used by test equipment.

 

エーガ愛好会(352)正月はTVミステリで過ごしました   (HPOB 小田篤子)

お正月はTVミステリー2本を観ました。
*1日は「相棒」の「フィナーレ」。孤島の豪華ホテルでのXmas…くるみ割り人形の兵隊のような人形の首がひとつずつ落とされ、このホテルに泊まっている作家の本と同じ殺人事件がその度に起きます。アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」と同じように。
*2日3日は東野圭吾の「雪煙チェイス」前編後編。
野沢(TVでは里沢)スキー場の林の中を男子大学生がひとり、雪煙をあげながらスノーボードで滑っているシーンから始まります。先日のトニー・ザイラーの映画を思い出しました。殺人がおこり、この男子大学生のアリバイ証明となる女性をスキー場で探すミステリー。
2日間“真犯人は誰だ誰だ“…と思いながら観ていたのですが、最後の最後、分かった犯人を演じていのは、私の出た高校の後輩の俳優だった!…のはちょっと残念でした…。
夫は、今月野沢で初滑りのようです。
*馬が活躍する映画は多いですね。
私が思い浮かべるのは…
*「戦火の馬」2011年
農夫がお金をはたいて買った馬は、可愛いがっていた息子の手を離れ、戦場へ供給され、様々な人と出会い、戦火を駆け抜けて行きます。
*「シービスケット」2003年
それぞれ夢を持った馬主、調教師、騎手と出会った一頭の馬の物語。
*「ハルウララ」(’96〜’25)
昨年TVで知りました。
高知競馬場で有名な馬ですが113戦0勝。
勝ったことがないことで、病気の人や、努力しても報われない人の心の支えになったそうです。
他にも沢山ありますが、西部劇ではいつも大活躍ですね。
(編集子)平和な正月だったようで結構ですな。それでも、ダンナはまだ滑ってるの? 野沢は製造部にいた中山一郎君と一回行っただけですが、猛吹雪にあったことしか覚えてません。
今気が付いた。あんたの旦那は俺よかずっと若いんだ。なんたって俺、仲人したんだからな。横丁の旦那になると万事ひがみっぽくなっていけねえや。

”弱者”の戦略は結果として現在の主流となっている  (HPOB 菅井康二)

同窓であり、しかも学部・学科も同じという縁を持つ大先輩に、我が国のコンピュータ黎明期、日本IBMの社長・会長を務められた椎名武雄さんがおられる。
当時、IBMはメインフレームで確固たる地位を築き、日本のコンピュータ市場を牽引していた。さらに、富士通、日立、NEC、東芝、三菱、沖といった国産メーカー6社が市場を席巻し、外資・国産を問わず、新規参入の余地はほとんど見えない状況であった。そうした巨大で強力な競合の只中にあって、日本人として外資企業を率い、日本市場の特殊性と向き合い続けた椎名武雄さんのご苦労は、同じ業界に身を置いた者として、後年になってこそ実感を伴って理解できる。そのような環境下で、ヒューレット・パッカード(日本法人は横河HP-YHP)は日本コンピュータ市場への参入を試みたが、当時のHPはメインフレーム製品を持たず、正面からこの市場に挑むことは構造的に不可能であった。そこでHPは、日本市場でも優位なポジションを築いていた電子計測器ビジネスを起点に、その制御用途や科学技術計算分野向けのミニコンを主な対象として参入を図った。しかし、この分野においても競争は激しく、外資ではData General(DG)やDigital Equipment Corporation(DEC)が存在感を示し、国産勢もまた、メインフレームを提供する各社が例外なくミニコンを手がけていた。規模的には大きく劣るものの、HPは自らがターゲットとした分野において、徐々に実績を積み上げていった。一方、HPは米国市場において、強力なメインフレームによるバッチ処理を前提とした中央集中的な処理スタイルに対し、ミニコンを用いたリアルタイムの分散処理というコンセプトを打ち出していた。HPはもともと電子計測器を中心とするテクニカル分野に強みを持つ企業であったが、ここで打ち出した戦略は、そうした従来の主戦場とは異なる市場を視野に入れたものであった。その具体化として、HPは1973年に主としてビジネス用途を想定したミニコンピュータ・システムであるHP3000を米国市場に投入した。HP3000は16ビットのCISCスタックマシンであり、オンライン・トランザクション処理(OLTP)や分散処理に強みを発揮するなど、事務処理を中心とするビジネス分野を明確にターゲットとした製品であった。

当初、HPはHP3000によってメインフレームを直接リプレイスすることを狙ったのではなく、オンライン・トランザクション処理(OLTP)や分散処理といった特性を武器に、新たな市場の開拓を志向していた。その過程ではDECに加え、IBMのSystem/38などの強力な競合も存在したが、そうした環境下にあってもHP3000は新市場の創出に成功し、結果として、市場に一定の存在感を示す成果を収めた。日本市場ではなおかつ多くの課題があり、米国本社の期待には残念ながら十分答えてはいない。しかしその中で燃焼した時間や、(ただひとつのお荷物)などと言われながら苦闘を共にした仲間との時間は忘れられない財産である。

(編集子)HPは本業であった電子計測分野では世界を凌駕する存在であったが、この時点でコンピュータ事業を分社化するという決断をし(計測部門は現在社名をキーサイトテクノロジーとしている)、HPという社名は新規事業であったコンピュータ部門が継承することで現在に至っている。現状のHPについてはこの場で論じることは控えてもらうが、菅井君がここでいう、当時はまだ萌芽期にあったコンピュータシステム間の通信とか、それを前提にした OLTP という発想、USER-FRIENDLY というコンセプトは、文字通り、現代のIT分野での基本的なコンセプトになっている。
当時はコンピュータとコミュニケーションの融合、ということがまだ現実にはなっておらず、現代社会の基本的インフラになっているインタネットの出現には至っていなかった。しかし現在でいう電子メールシステムはHP社内では実現しており、当時社長だったヒューレットはこういうシステムを実用化しているのは米国国防省とIBMとHPだけだ、と豪語したものだった。この経験が新分野への挑戦のベースにあったことは間違いない。

社会改革のきっかけになるものが何か、は後日、歴史家によってのみ記述されるものだが、今や文字通り社会生活の基盤となった ”コンセプト” を紡ぎだした時代、その場にいあわせたものとして、菅井君同様、感慨深いものがある

The HP 3000 refers primarily to a legendary series of Hewlett-Packard minicomputers, launched in 1972, known for its successful, long-running business servers that supported time-sharing for multiple users with its proprietary MPE operating system and TurboIMAGE database, evolving from 16-bit to PA-RISC architectures until its sunset in the 2000s

よく晴れた年明けです     (普通部OB 船津於菟彦)

以前は新聞の印刷の匂いで新年が来るとか、紅白の余韻で朝まで過ごすとかでしたが新聞の部数も減り匂いも無くなり、紅白歌合戦もダンス合戦のような視聴率も三割程度とか、何故か今年は初詣客が殺到のようです。矢張り生活苦が幾らかでも良くなるようにと皆念じているのかも知れません。

初夢とは、1月1日の夜から2日の朝にかけてみる夢です。初夢として「一富士、二鷹、三茄子」に代表されるような、縁起の良い夢を見れば、夢を見た人の1年間は良い年になると言われています。 ①無事-富士②チャンスをつかむ-鷹③昔は茄子は高い野菜のようでしたので正月に茄子を食べたいから来ているとか。
成す-茄子

金子みすゞの「夢売り」はこうつづります。

年のはじめに
夢売りは、
よい初夢を
売りにくる。
たからの船に
山のよう、
よい初夢を
積んでくる。
そしてやさしい
夢売りは、
夢の買えない
うら町の、
さびしい子等の
ところへも、
だまって夢を
おいてゆく。

3日の雪晴れの東京は快晴 雪が残り、富士の霊峰が当家からもよく見えました。今年は佳いことが有ると思います(45階から500㎜で撮影 元旦は雲があり初富士は撮りませんでしたが、今日の東京の初雪と富士が綺麗に撮れました)。

 

おめでとうございます! (在パリ 平井愛子)

アンチーブの海です。暖かくて勇気あるおばあちゃんがビキニで泳いでいました。

明けましておめでとうございます!今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます❗皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。元旦に映画「国宝」Maître de Kabuki をお友達と見ました!アートな生き方について考えました。今年はヴィデオの創作も再び開始致します。今年も宜しくお願い申し上げます。

乱読報告ファイル (59)六つの奇妙なもの  (普通部OB 菅原勲)

「六つの奇妙なもの」(著者:クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ/1937年。訳者:水野恵。発行:論創社/2006年。論創海外ミステリーの第57巻、2025年12月現在、全部で339巻が発行されている)。本来、探偵小説にネタバレは禁物だ。しかし、これから、この本を読むような奇特な人は先ずいないと思われるので、大変、僭越ながらネタバレしながら話しを進めて行くことにする。

なお、題名の「六つの奇妙なもの」(The Six Queer Things)とは、犯人を示唆する有力な手掛かりのことを指している。

話しは、両親を早々に亡くし、しがないタイピストをやっているマージョリーが伯父の家で同居していることから始まる。その伯父が極めて吝嗇なことから、マージョリーはより良い仕事を探し、伯父に猛烈に反対されるものの、独立することを決意する。ここまでは、何のこともない至極もっともな出だしだ。幸いにも、彼女は、実入りの良い新しい仕事を見つけるのだが、それが、霊媒師の兄とその妹による心霊会の書記係であり、また、その兄妹と同居することが条件となっており、これらのことが彼女の大変な不幸の始まりとなる。

ある時、霊媒師によって死んだ母が呼び出されることがあり、それを切っ掛けに、彼女は霊媒師に心酔することになる。その結果、彼女は、却って、混濁した妄想と打ち砕かれた夢が支配する世界に叩きこまれる。その間、霊媒師が毒殺され、検視の結果、実は彼が女であることが判明する(これは、宝塚か)。ここで、スコットランド・ヤードのモーガン警部がその真相を究めるべく登場する。

要するに、伯父、霊媒師、心霊会に頻繁に出席する未亡人、霊媒師が紹介した医者、兄妹の運転手などが一体となってグルとなり、精神病院への強制的な入院などによって、彼女を心神喪失の状態に陥れようとする。しかし、何故、こんなか弱きマージョリーを、皆で寄ってたかってここまで苛め抜くのか、彼らの動機が全く分からないまま話しが進んで行く。この動機が初めて明かされるのは、この本は全体で323頁なのだが、やっと終盤に差し掛かる291頁だ。それは、豪州にいたマージョリーの従兄が可なりの財産を彼女に遺しており、それを初めて知った伯父がそれを入手すべく、関係者に持ち掛けた企みだったことが、ここで、やっと、明らかになる。

しかし、これでは、どう考えても、後出しじゃんけんに他ならない。こんな重要なことは事前に明らかにされているべきだし、そうでなければ、読者に対しフェアであるとは言い難い。つまり、探偵小説の作家は、手の内を晒した上で(これを、E.クイーンの言う「読者への挑戦」と呼んでも良いが)、さー、真相は、と問いかけるのが本筋ではないか。その上で、巧妙な手練手管を弄して、読者を間違った方向に導いて行くのが勝負の為所ではないだろうか。加えて、全体を統括する犯人が(ここでは、統轄と呼んでいる)、確かに、意外な犯人ではあるのだが、出番の極めて少ない兄妹の運転手と来ては、無理矢理、意外な人物を犯人に仕立てたとしか思えない。「奇妙な・・・」にはいささか期待していただけに、失望したとしか言いようがないのは誠に残念だ。

小生、この1907年生まれのスプリッグと言う探偵小説作家がいたことを、今回、初めて知ったのだが、彼はマルクス主義者で、御多分に漏れず、スペイン市民戦争に義勇兵として参加し、1937年、戦場で命を落とすこととなった。従って、この「奇妙な・・・」は遺作と言うことになる。解説を書いている森英俊は、「・・・前作に見られた破天荒なプロットにさらに磨きがかかり、・・・」と絶賛しているのだが、解説は、本来、それをヨイショする人が書くものではあるが、それにしても、これはいささか褒めすぎだ。

実は、「Re-ClaM」(Rediscovery of Classic Mystery)と言う同人誌があるのだが、そこから、今年末にスプリッグの「完全不在証明」(2700円)が出版されることを知り、じゃー、事前に、これまで翻訳されていたスプリッグの本を読んで見ようかなと思い立ったのが、この「奇妙な・・・」だった。さて、1934年に発行されたこの「完全・・・」の出来はどうだろうか?

最後に、A.クリステイーは長編小説を66冊書いたと言われている。小生、勿論のこと、その全てを読んだわけではないが、これまで読んだクリスティーの探偵小説に失望したことは一回もない、バカにされたことは頻繁にあるけれど。そう言う点で、クリスティーは空前絶後、ただただ凄いとしか言いようがない。確かに、論創社を中心に、過去の未訳の、それも、初めての作家による探偵小説が、大量にではないが、連綿と発行され続けている。しかし、残念ながら、そのクリスティーに太刀打ち出来る新しい作品は一つもない。

(編集子)スガチューの読書ぶりはただ感服するばかりだが、およそ聞いたこともない作品をどうやって探すのか、がずっと疑問だった。今回、その秘密がわかって、妙に安心している。こっちは新宿高島屋スクエアに移転した紀伊国屋洋書店にいくか、アマゾンでめくらっぽうにさがすか、くらいしか手段が思いつかないが、いつでも紀伊国屋のミステリコーナーに並ぶクリスティの作品をながめるだけで満腹してしまう。畏友、おそるべし。

ポケットブック読破計画第二段、なのだがここのところ、読破力が著しく衰えてきたこと恐怖を覚えているのが実情である。新しい年を迎えて、と張り切りたい気持ちばかり先走りしている。ただいま現在、最近売り出し中の M.A.クレイヴン ”ワシントン・ポーシリーズ”に挑戦中。どうも 英国人の書いた英語 はやりにくい。スガチュー稿にあたる写真がどうしてもみつからないので、現況報告半分、目下格闘中3冊の写真をもって替える。

新しい春を迎えましょう      (普通部OB 船津於菟彦)

似合しや新年古き米五升                        芭 蕉

年始にも老の一徹見られけり      高浜虚子

あら玉の春ほや~の朝かな       尾崎紅葉

先づ女房の顔を見て年改まる      高浜虚子

医の友の年祝ぐうたげ行かざらむ    水原秋桜子

錦糸公園では紅梅白梅がチラホラ 春期直ぐですね

ザイラーは黒い稲妻なのだ

飯田兄、ザイラーの映画について、玉講拝受。ありがとう。いつも通り、プロはだしの評論、さすが。

しかしだな、トニー・ザイラーのエーガは、黒い稲妻、これだ。ほかの作品なんかはどーでもよろしい。

このエーガが上映されるとすぐ、彼が着ていた黒いキルティングのヤッケが大流行になった。そのヤッケ、銀座までスキー仲間の翠川なんかと買い物に行ったものだが、そのあとの春合宿では、新しもの好きだった森永さんとか徳生さんなんかが早速、この通称キルティング、を誇らしげに来ておられた。森永さんが気楽に履いていた蒼、赤、白に縁取りされたクナイスルにただあこがれたことを共に思い出す
この冬、このエーガのロードショウを東劇でみて、その後劇場で確か3回は見たし、社会人になった冬、ボーナスで当時は希少だったフィッシャーのメタルを買い、同じころ、上司が知っておられた八方尾根山麓のヒュッテ 白い小屋 を知り、その後、シーズン3回はこの小屋に通った。著名なクライマーである大野廸朗夫妻の小屋は大きくはないが建て方そのものがすばらしく、夫人の榧さんの手料理がそこらの店ではお目にかかれないほどのもの、朝起きて玄関先でスキーを履けばリフトまで2分、尾根をすべりおりてフィナーレは人に知られた名木山の壁。なんせ俺たちには天国みたいだった。
この小屋には卒業後も毎シーズン通い詰め、そこで必ずみたのがビデオのこのエーガだった。筋はもちろん、どこでどんなターンをしたかまで覚えている。
しかし栄枯盛衰、月去り星は移り,大野さんが亡くなってからはい小屋通いもなくなってしまった。それでも気障に言えば SCHWARZE BLITZ はいまでもただなつかしく、心にある。大野さんご健在のころ、退職金をはたいて建てた小生の山荘は、彼の許可を得て 蒼い小屋 と名付けた。 残念ながらもう、スキーを履くことはないが小屋そのものは健在。 今年から管理を娘夫婦にあづけてあるが、デッキからうっそうとした八ヶ岳南麓の樹林を見ていると、なんとなく八方尾根での日々を思い出すこともたびたびある。(一度、中司さんの小屋へ呼んでよ)と大野さんが言っていたのを思い出すこともあるからだろうか。

(36  浅海)黒い稲妻 あの小屋をジャンプし越えたシーンの印象が今も鮮明に残っています。

白い小屋には沢山良い思い出がありますね。毎朝朝食前に8時から動く兎平までのロープウエイに一番乗りしロープウエイ乗り場までNON STOPで2本続けて滑り降り、それから優雅な朝食に預かった若き日がありました。翠も一緒だったし、シンヤもチビもいた。
玄関先に椅子を出して名木山を滑り降りるスキーヤーを眺めながら時間を忘れて
美味しいコーヒーを堪能した若き日々が懐かしく帰ってきます。

 

エーガ愛好会 (351)動く標的   (大学クラスメート 飯田武昭)

2023/1/27付け本稿の記事で、

  “ハードボイルド” とは何か、については今更論じることはしないが、HBと定義される作品は文体とともに作品の主人公が 非情に徹する という行動原理に生き、片方では自分の存在はわすれても友情とか義理とかに忠実であるというストイックな感覚を持っていることが欠かせない”

という部分は正にハードボイルドの本質を表していると思いました。貴兄がハードボイルドの代表的映画として「動く標的」を挙げているので、改めて、この映画を再見しました.。

映画「動く標的」(原題Harper)1966年製作

監督ジャック・シュミット

出演 ポール・ニューマン(私立探偵ルー・ハーパー)           ローレン・バコール(失踪した大富豪サンプソンの夫人)          ロバート・ワグナー(元パイロットでミランダの恋人、アラン)       パメラ・ティフィン(大富豪サンプソンの娘、ミランダ)          ジャネット・リー(ハーパーの妻、スーザン)               シェリー・ウインタース(元人気女優)                  ジュリー・ハリス(バーの歌手、ベティ)                 アーサー・ヒル(ハーパーの友人・弁護士)

原作 from the novel “The Moving Target“ by Ross Macoonald

多数の登場人物が相互に関係がある人物構図が、それぞれの個性的な演技力で容易に理解できる点が、先ず映画としての面白さを満たしている。またクールさアクション、バイオレンスが程よく演出されている。特に主役のポール・ニューマンの演技は「ハスラー」や「スティング」などと並んで彼の代表作の一つと思う。

(編集子)この映画では、HBがその背後に持っているもう一つの意味、すなわち行動した後に襲ってくるであろう孤独感というかやりきれなさ、みたいなものが本というか文字、にあらわされていることよりも、よく漂わせていることを感じた。それがほかの映画化作品、たとえば ”三つ数えろ” なんかにはなかったように思えたものだった。一つ文句をいえば、なぜ主人公の名前を変えたのか(マクドナルドのシリーズキャラクタはリュー・アーチャーでなければならないのだ)、がわからないし、もちろん気に入らないということかな。

尿を調べるだけで「がん」が分かる? (普通部OB 篠原幸人)

今回は以前にも書いた、がんの早期発見法の一つを詳しく紹介したいと思います。ガンは怖い病気ですが、早期の発見できれば治しやすい病気とも言えます。 但し症状が出てからでは手遅れになることも皆さん、ご存じですね。

ガンの早期発見には定期的な健康診断や、採血による腫瘍マーカーの検査、あるいは放射性物質を使ったPET検査などがあります。しかし国の健診はかなり大雑把なものですし、腫瘍マーカーの検査も完全とは言えず、またPRT検査は5~10万円と高価で保険も無論使えません。以前にお話しした特殊な採血による検査は1回で20万円ぐらいかかります。

比較的安価なものに、尿を使ったN-Noseという方法があります。以前にも一寸お話ししましたが、改めて簡単に紹介しましょう。

この方法は皆さん方の尿を少量、検査施設に送ると、1か月以内に身体のどこかに胃がん・大腸がん・肺がん・乳がん・すい臓がん。肝臓がん・前立腺がん・子宮がん・食道がん・胆のう胆管がん・腎臓がん・膀胱がん・卵巣がん・口腔咽頭がんなどがある可能性を教えてくれるものです。費用は1万円ぐらい、保険はききません。再発の早期発見にも使えます。

これは何処にでもいる 嗅覚が非常に鋭い体長1ミリ程度「線虫」という虫が、何故かがん患者さんの尿には近づき、健常者の尿からは逃げていくという特性を利用した方法です。私も2-3年前に一度調べてみました。幸いにも、陰性でした。  最大の欠点は、ガンがあることは分かっても、まだどこの場所のガンかは正確には分からない点です。どこのガンかまでわかるのにはまだ時間がかかりそうですが、陽性に出たら徹底的に調べることになります。

興味がある方はやってみたらどうですか?  ホームコースでのゴルフを1回、または外食のディナーの1回分の費用でガンのチェックができますよ。