エーガ愛好会 (107) 黄昏    (44 安田耕太郎)

原題「Carrie」は主人公の女性(ジェニファー・ジョーンズ演じる)の名前。邦題「黄昏」は英語ではtwilight, sunsetだが、その意味は「夕暮れ、夕方の薄暗い時」。それを比喩的に用いて「盛りの時期が過ぎて衰えの見えだした頃」を指す。原題「Carrie」は飽くまで主人公はキャリーのジェニファー・ジョーンズであると主張している。対して、邦題はまさに映画のストーリー性を如実に暗示し、悲劇の相手役ローレンス・オリヴィエの生き様を文字通り指している。見事な邦題だと思う。

ジェニファー・ジョーンズの2代表作は「慕情」と「黄昏」(Carrie)だと思う。相手役モンゴメリー・クリフト、監督ヴィットリオ・デ・シーカの「終着駅」も良かったが。両映画とも悲劇的な結末だが、恋愛時代の幸福感に満ちて凛とした前向きな将来への決意と希望を表現した前者に対して、ストーリー自体が重苦しい陰惨な雰囲気の後者なので、演技の巧拙とは関係なく彼女の明暗がその演技や表情にも醸し出されていた。

明るく弾けるような「ローマの休日」1953年の前年に制作されたのが、この哀愁を帯びた悲劇的メロドラマ「黄昏」。同じ監督が1年のインターバルで演出した二つの映画のコントラストにはビックリさせられる。「ローマの休日」でグレゴリー・ペックの友人カメラマンを演じたコメディアン エディ・アルバートが明るいキャラのチャーリー役でいい味を出していた。田舎から仕事を求めてシカゴ出てきた女性キャリー(ジョーンズ)と汽車の中で出逢い、その後ちゃっかり同棲することに。話の展開が徐々に暗く悲劇的になっていく前の、彼の「天真爛漫な天使」振りは嵐の前の清涼剤ではあった。ただし、キャリーの方には彼に対する愛情はなく、チャーリーの好意に甘えて、仕事もせずに利用しているようで、女性はたくましく、そして少しずる賢いキャラを演じているジョーンズの演技も見もの。二人の間に進展がないマンネリのまま時は過ぎ、キャリーはレストラン支配人のオリヴィエと逢い、妻子あるオリヴィエは自らの立場をも顧みずキャリーとの恋に落ちてしまう。キャリーも男ぶりの良いレストラン支配人オリヴィエに惹かれる。オリヴィエは発作的に店の金を盗み、二人は駆け落ちしてニューヨークへ。キャリーは彼が金を盗んだとは知らない。

いい歳のオジサンが若い女性に夢中になり、それも遊びでなく妻子を捨て、結局は財産も放棄して離婚調停・・・・人生を転落していく物語だが、老いらくの恋は切ない結末になる、と映画は教えている。当時、オリヴィエ実年齢44、ジョーンズ32歳。全てを捨てた二人の関係はやがて逆転してしまう。貧乏にも労働にも耐えられないオリヴィエに対して、逞しく前向きなキャリー。過去の成功を引きずる男の弱さはなかなか見るに辛いものがある。

二人だけのニューヨークの生活も盗んだ金を返さざるを得なくなり一文無しになり、しかも盗んだことを知られた彼は仕事に就けなくなり、二人の生活は困窮を極める。そんな中、キャリーは舞台女優となり、彼を元の家族に返そうと彼の既婚の息子に会いに行くよう勧める。そして彼の留守中に彼女は姿を消す。彼は息子に会いに行くが、遠くから息子の姿を見ただけでニューヨークに戻る。しかし、そこにはキャリーの姿はなかった。数年後、女優として大成功を収めていたキャリーの許へ、訪ねてきたチャーリーからオリヴィエは店の金を持ち逃げした為、二度と家族のもとに帰ることが出来なったことを初めて知らされる。キャリーはオリヴィエの行方を探すが、浮浪者にまで落ちぶれたとの目撃情報以外得られなかった。

落ちぶれていく一級のシェイクスピア俳優のローレンス・オリヴィエを見るに忍びなかったが、彼の役者としての真髄を味合わせてもらった。現在的目線でみれば、安定した支配人のポジションと妻子まで捨て、しかも金を盗んで駆け落ちする展開はやや現実離れしているし、キャリーにしても表現は悪いが不倫体質的な気質が垣間見え(ジェニファー・ジョーンズには不似合いであったが)、女優として成功しながら駆け落ち相手を元の家族に返えそうとするなど、真に愛していたのかと懐疑的にもなった。ラスト場面の「食べないと死ぬ」と絞り出すように訴え、再会を果たしても小銭一つだけ取って彼女の許から独り立ち去る際にガス栓を開け締めするシーンにはハラハラドキドキさせられた。最後は落ちぶれたと言えども彼のプライドがそうさせたのか?身から出た錆の決着は自らつけるという男の矜持を示したのか?

(保屋野)「黄昏」、初めて観ました。「哀愁」と並ぶ、美男・美女による「悲劇のラブロマンス」映画の傑作ですね。何せ、あの、ウイリアム・ワイラーですから。ただ、「哀愁」は、女性~ヴィヴィアン・リーが悲劇の主人公だったのに対し、「黄昏」は、男性~ローレンス・オリビエが悲劇の主人公でした。
両者共、ストーリーは(現代では)やや陳腐だと思いますが、やはり当代屈指の美男美女の共演は見応えがありました。

さて、今回のジェニファー・ジョーンズは「慕情」(1955)と比べてどうなのか。・・・今回は、役柄が、貧乏で地味な(普通の女性)ということもあって、「慕情」の輝くような美しさは残念ながら観られませんでした。彼女の顔やスタイルは、はやはりカラーの方が見栄えするのかもしれません。

また、作品としても、私は、主題歌含め「慕情」の方がやや上だと思います。。