エーガ愛好会 (111)  去り行く男

あまり興味を惹かれる作品がなくしばらくBS劇場にご無沙汰していたが、この映画だけは見るつもりでいた。グレン・フォードだからである。

今の標準で言えば早死にしてしまった小生の兄は、彼の友人が ”アンタ、ほんとに哲の弟かい?“ と僕に尋ねたほど、小生とはかけ離れた賢兄だった。努力、冷静、寡黙、頑固。旧姓高校出身の色濃く、読む本はといえばゲーテでありシラーであり、音楽といえばたとえばシューマンなんかを好んで聞いていたといえばその懸隔がわかるだろうか。しかし大学進学の年に肋膜炎を患い半年以上病床にあった。当時の医療といえば自宅静養しかなかったが、その間布団の中でラジオを聞いて英語を猛勉強していたのを当時小学生だった小生もよく覚えている。就職後, 海外留学奨学金に応募し、プログラムの最終選考まで行ったが、この健康上の不安が理由で合格しなかった。しかし成績はよほどよかったのだろう、同情した委員会の口利きでハワイ大学への留学をしたという、まさに おめえ、ほんとに弟なんだろうな、と彼の親友に疑われても仕方のない誠実な秀才だった。

なぜこんなことを書いたか、といえば、グレン・フォードのイメージがその兄を彷彿させるものだからだ。さらに偶然といえば偶然だが、兄はたしか新婚旅行中のことだったと思うのだが、日本にきていたフォードとレストレランで行き合わせた、と嬉しそうに話をしていたものだった。例によって合理的な説明はないのだが、それ以来、グレン・フォードには親しみというのかうまい言葉がみつからないが、そういう感情をもっていろんな作品を見てきたが今回のこの作品には縁がなかったのである。

そんなある種の気概?をもって、コイズミ節や人間グーグルヤスダからのメールが届く前に感想を書こう、と思って今朝早くPCをあけたら、この時早くかの時遅く(逆だったかな)、すでに2通とも到着しているではないか。朝っぱらからこの二人の日課がどんなものか見てみたいもんだ。そんなわけで、解説は結局ご両兄にお願いすることになったが、ま、エーガにはこういう付き合い方もあるのかな、と思ったりしている。

(34小泉)インディアンに新しい光を当てた「折れた矢1950」の監督で、グレン・フォードを主演にした西部劇「去り行く男1956」「決断の3時10分1957」「カウボーイ1958」でもリアリズムを強調した異色的な西部劇三部作の最初の作品。

ワイオミングの山々に囲まれた背景の中、崖から落ちて気を失った放浪の男ジューバル(グレン・フォード)が、牧場主シェップ(アーネスト・ボーグナイン)に救われ、その牧場で働くことになる。出だしは「シェーン1953」を思い起こさせる。しかしその牧場の中は、全くの異色。1年前に結婚したばかりの牧場主シェップは、その若妻メイ(ヴァレリー・フレンチ)にデレデレ。牧童にピンキー(ロッド・スタイガー)、サム(ノア・ビアリーJr)等が同居しているが、牧場主が、馬乗りのエキスパートであり、寡黙で誠実で頼り甲斐のあるそのジューバルを牧童頭に抜擢したことから、もともと猜疑心があり、人を信用せず争いごとを好むピンキーは、対抗心もあらわに、ジューバルに突っかかる。またシェップの妻メイは、もともと金を目当ての結婚で、シェップの行動をどうしても好きになれず、元々奔放な性格からピンキーとも浮気の過去もあり、ジュバールにも横恋慕を仕掛けてくる。

こうなると4回も映画化された「郵便配達は二度ベルを鳴らす1939,1942,1946,1981」のリメイクとまで言えるような極端に言えば、西部劇の皮を被った性格描写を織り込んだメロドラマとまで言えるかも知れない。

ある日、西へと旅を続ける狂信的な宗教団体(モルモン教?)の幌馬車隊がこの牧場に野営を張ったため、ピンキーが退去を命じたが、ジューバルが同行していたレブ(チャールス・ブロンソン)から団体に病人がいることを聞き、滞在を許すことにした。そんなことから、レブをシェップの牧童の一員に雇うことになり、またジューバルは、団体の責任者の娘ナオミ(フェリシア・ファー)の美しさに惚れこむことにもなった。 ある夜、シェップ以下で野営している折、メイがジューバルに会うべくやって来た。人の好いジェップは帰りメイを家まで送るようジューバルに命令。ピンキーはシェップに、二人は浮気していると思い込ませてしまう。怒ったシェップは牧場に戻り、酒場にいたジューバルに発砲、ジューバルは丸腰だったので、心配して駆け付けたレブに助けられてシェップを射ち
殺してしまう。しかしピンキーに重傷を負わされたメイの証言で、経緯が判明。その後メイは息を引取る。ピンキーは逮捕され、ジューバルとナオミは新天地に旅立つ。ちょい役だがら、若きブロンソンがレブ役で良い味を出していた。

最後が少々あっけなく終わり、スッキリしないが、牧場主夫人メイの身勝手な横恋慕的行動、牧童ピンキーの嫉妬心と猜疑、それが、人の好い豪快、実直な牧場主シェップと寡黙で誠実な牧童頭ジュバールとを悲劇に追いやることとなっ
た人間模様の西部劇である。

(44 安田)印象深い2点だけ述べる。

映画の舞台が「シェーン」と全く同じワイオミング州のグランド・ティトン山(4,000m超)を背景とした平原(牧場)地帯。この映画は1955年制作、「シェーン」は1953年。主役の流れ者グレン・フォードがその地の牧場主に雇われ、話が展開するのも「シェーン」を彷彿とさせる。話の骨格もよく似ている。両映画ともグランド・ティトン山をバックに、主役それぞれの未来に向かうシーンがエンディングで幕を閉じる。
  右:グレンフォード   左:チャールズ・ブロンソン
二つ目はロッド・スタイガーに注目。
30歳の時の出演。悪の強い憎まれ役を演じ、主役のグレン・フォードと敵対する役。彼の十八番の役柄で、デビュー作波止場」(マーロン・ブランドがアカデミー主演男優賞)、オクラホマ」、「ドクトルジバゴ」の悪徳弁護士役など、どの映画でも強面の悪どい存在感溢れる演技はピカ一。アメリカ南部州の警察署長役を演じた1967年42歳時の 夜の大捜査線 ではシドニー・ポアティエと共演、めてアカデミー主演男優賞を獲得。北部から来た黒人刑事と人種差別が色濃く残る南部の白人警察署長との葛藤と友情を人種差別問題を絡めて描いた面白い映画だった。
メリハリの効いた玄人受けする演技がロッド・スタイガーの持ち味で、「シェー
ン」におけるアラン・ラッドの役柄の如く、主役のグレン・フォードは口数少なく内に正義感と覚悟を秘めた役柄で、彼との相違を際立たせるのが映画の背骨になっている。勧善懲悪の典型的な西部劇だったが、男女関係と人間模様の嫉妬・執念・疑心暗疑を描き、美しい山岳風景共々楽しませてくれた。
(編集子)解説の通りの筋立てで、ガンプレイというシーンとはあまり縁がない。ただグレン・フォードが丸腰でいるときに拳銃を彼に放ってその場を救う
ブロンソンの技はご存じ リオ・ブラボー でリック・ネルソンとジョン・ウエインが演じたものと同じ。投げられた銃がそのまま発射できるように受け取れるんだろうか、などという詮索はやめにしておこう。