エーガ愛好会 (37) ”狼は天使の匂い”

大晦日はテレビに懐かしいエーガが沢山並んでいたが、今回は何をさておいても見なければならない、というフィルムがあった。暮れにアマゾンで調べたらまだ多少の在庫がある、ということだったので発注したのがこの日に到着したのであ る。DVDなのだから、何もこの日に見なくてもいいのだが、何が何でもすぐ見てみたい、という気になって、BS番組はそっちのけでこれも暮れに届いたDVDプレーヤを抱えて別室で堪能した。ルネ・クレマン監督、ジャンールイ・トランティニアンとロバート・ライアン主演、狼は天使の匂い である。

クレマン映画と言えばまず頭に浮かぶのは 太陽がいっぱい であり 禁じられた遊び で、この作品の名前は聞いたことがあったが、今日まで全く興味をひかれなかった。それがなぜこの時点で優先度1番になったのか。少し前に”ミス冒” で書いた、原尞の そして夜は甦る を読み直したからである。早川ポケミス版には、作者のあとがき・解説があって、”そして夜は甦る” の出版が自分の人生を二分した、と書き、”狼は天使の匂い” という映画は、まさに私の人生での 映画観 を二分した特別な作品だった、と書いている。そしてクレマンの2作が名作、傑作に値するのに間違いはないが、自身ですら名作・傑作とは思っていない 狼は天使の匂い のほうがもっと気になる作品であるのはなぜか、今でもわからない、という。そして自分の最初の小説の中に、そのいくつかのシーンを埋め込んだ、と言われれば、どうしても映画自体を観たくなったのは当然の成り行きだった。暮れにやったエーガ愛好会のベストテン候補に僕は 俺は待ってるぜ を入れた。数ある裕次郎映画の中で、一本を選べ、といわれたらためらわずにこれを選ぶ。誰もが傑作、名作などとは決していわないだろうが、これなのだ、という感情がこの原のあとがきに書かれているのを知ってまた原への親近感が湧いた。

この映画のタイトルはいったい何なのだ。僕はフランス語を解さないので、フランス滞在の長かった甥に原題を訳してもらった。La course du lievre a taravers les champs  を直訳すれば、野原を横切る野ウサギの競争、なんだそうだ。それがなんでこんな題名になったのか、映画会社の営業政策は例によってわからないのだが、この映画にはフランス語版と英語版があり、その英語版のタイトル And hope to die  から、本書の題名を そして で始めた、と原は書いている。ここまで書かれて、日本語のタイトルの可否はともかく、映画を観ないわけにはいかないではないか。ウイキペディアでは

And Hope to Die is a 1972 French-Italian thriller-drama film directed by René Clément and starring Jean-Louis TrintignantAldo Ray and Robert Ryan. It is loosely based on the novel Black Friday by David Goodis. 

と解説している。ここまでくればこの次は この Black Friday とやらを探すのが次のアルバイトになるような気もしてきたが、その前に映画そのものははっきり言って難解な作品だったし、理屈に合わない部分もあった。しかし映画の持つ雰囲気の異様さ、というか、DVDのカバーでは不思議なムード、と片付けているトーンは確かに腑に落ちた。どう落ちたか、といえば、作品の筋を作る暴力行為とか銃撃とか、そういうものではなく、最後のシークエンス、トランティ二アンとライアンがそこまで来ている自分たちの最後はそっちのけで銃撃遊びをする、そしてまた突然にそれにかぶさって出てくるエンドマーク、という ”切れ” というのか、これが僕の感じている ハードボイルド というものだったからだ。ハリウッドや日活の作品だったらこのラストは例えば友情だとか真実だとかそういう終わりになるだろう。もしそういう終わり方だったら、それはロマンであってハードボイルドではない。そんな映画だった。

後で気が付いたのだが、購入したDVDのカバーに使われているこの二人の表情がポケミスのカバーの一部に使われていた。原はこのカバーを気に入っているらしいので、たぶん、彼が感じているのも僕と同じなのではないか。勝手な想像だが、僕をますます原ファンにしてくれたようだ。

なお、原が小説 そして…. に映画のシーンを入れた、というのは、ポケミス版の192ページと198ページにあり、僕がしびれたラストシーンのことは209ページに書かれている。