(小泉) 原題名は「稀な品種」即ちセントルイスで行われる家畜売買会に英国からやって来た未亡人モーリン・オハラ(マーサ・エバンス、)とジュリエット・ミルズ(ヒラリー・プライス)の母娘が英国産の角のないアメリカでは人気のない品種の牛を競売に出品することから名付けられたが、地味なことからか邦名は、画中、牛の集団が悪役の銃弾により暴走する瞬間を捉えて題名としている。監督はアンドリュー・V・マクラグレンで当時ジョン・フォードの後継者ともいわれ本作から「チザム1970」「ビッグ・ケーヒル1973」に至り、古き良き時代の西部劇を見せてくれた。
主演ジェームス・スチュアート(サム・バーネット)が不器用ながら実直なカウボーイ、モーリン・オハラが男勝りの未亡人、ブライアンス・キース(アレキサンダー・ボウエン)が頑固一徹の牧場主に扮し繰り広げるドラマは、アクション、ユーモア、ラブロマンスが満載。フォード一家のベン・ジョンソンやハリー・ケリーjrをちょい役で出演させたりもして(フォード一家の)義理堅さも見せる。牧童頭のスチュアートがオハラとミルズの母娘と角のない牡牛をテキサスのキースが経営するボーウエン牧場に運ぶことになるのだが、途中牛の横取りを画策する悪人ジャック・イーラム(ディーリ・シモンズ)との確執やら牛のスタンピードや大自然の猛威等。邦名にしただけに、スタンピード場面は大迫力で馬車に突進してくるシーンは、まさかに人命が危険のように思われた。オハラに対するスチュアートとキースの恋の鞘当て、娘ミルズとキースの息子ドン・キャロウエイ(ジェミイ・ボウエン)との恋。連れてきた英国産牡牛は雪の中死体で発見されるが、それ以前のテキサスのロングホーンの牛との交配により子牛が誕生、品種改良による繁殖が成功したことからスチュアートとオハラも結ばれ
るのだった。
音楽が、あのジョン・ウイリアムス、昨今程の強烈なメロディではないものの心地よい気分にさせて呉れた。英国産牡牛が英国国歌が口笛で流れるとおとなしく動いて呉れたり、キースがオハラの気を引きたくて、スコットランドのバグパイプを弾く場面等洒落た趣向も多かった。
(安田)邦題の「スタンピード Stampede」は、動物の群れの暴走のこと。西部劇に現れるスタンピードは例外なく牛の暴走である。初めてスタンピードを知った映画はハワード・ホークス監督の不朽の傑作、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」1948年制作。この映画の見どころを表現しているのでしょうが、原題は「THE RARE BREED」、つまり稀な品種ということで、この映画の主役(?)である牛を指しているようだ。時代は、明らかにはされないが、1870〜80年頃であろう。
アメリカには元々キャトル(牛)はおらず、入植してきたスペイン人が持ち込み、スペイン人が撤退後はメキシコ人がそれを継いでテキサスあたりで繁殖させた。19世紀半ば頃(アラモの戦いの頃)までには野生化した無数のテキサス・ロングホーン(Texas Long Horn)と呼ばれる牛を運搬する仕事はキャトル・ドライブと呼ばれ、テキサスからオクラホマを通るチザム・トレイル(Chiolm Trail)沿に、鉄道の通ったカンサス州まで行き、そこから鉄道でセントルイスやシカゴまで運び畜産取引市場で販売していた。牛を運ぶキャトルドライブの仕事をしていたのがカウボーイだった。牛肉の大消費地である東部の人々の胃袋を満たす需給関係と流通システムが成立していたのだ。「赤い河」はまさにこのキャトルドライブに携わるカウボーイ達を描いた映画。
いちおう西部劇だが、派手な銃の撃ち合いなし、インディアンも騎兵隊も保安官も出て来ない、イギリスの母娘と牛が目立つ風変わりな映画。アイリッシュらしい気丈な女性役のモーリン・オハラ、闊達な娘役ジュリエット・ミルズ、牧場主役ブライアン・キース、57歳ながら殴り合い場面も頑張った老優ジェームス・スチュアート、皆それぞれに適役だった。それからもう一人、いや、一頭のヒーローは、新種の牛です。これが英国国歌の口笛で指示に従うという厄介な牛。スコットランドのバグパイプ演奏、こういう趣向がなかなか洒落ていた。気軽に観れた1時間40分だった。
(編集子)名画 ”駅馬車” の有名な主題曲は西部に古くから伝わったカウボーイ仲間の愛唱歌 Bury me not on the lone prairie である。良く覚えていないが原曲の歌詞に long-horned cow という一節があった。テキサスから延々と大西部を旅したのはこのテキサス牛だったのだ。
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