乱読報告ファイル (22) Fast Attack -  ひょっとしてウクライナもこんな具合か?

数日前の報道ではかのブルース・ウイルスが引退、とあった。シュワルツェネッガー、スタローン、セガールなどとともにアクション映画で一時代を画した人たちだが、そのあとに売り出したのが エンドオブホワイトハウス で登場したジェラルド・バトラーである。彼の主演で数年前に封切られた ハンターキラー は反乱軍に拉致されたロシア大統領を米軍潜水艦が救出するという奇想天外なストーリーが面白く、潜水艦同士の不気味な闘いも見ごたえがあった。この作品は米海軍中佐で実際に潜水艦の艦長だったジョージ・ウオレスという人が書いたもので、潜水艦物といえばかの 眼下の敵 深く静かに潜航せよ レッドオクトーバーを追え などが思い浮かぶが、やはり現代のエレクトロニクス技術満載の軍艦の描写となると経験者が書いたものの迫力は違ったものだった。

そんな経験から、著者名にひかれて Fast Attack と Dangerous Grounds という2冊をアマゾンで買い、始めに読んだのがこの本だが正直言って、期待外れ、前作にははるかに及ばない出来栄えだった。しかし後半にでてくるロシアとアメリカ大統領の設定が、まさにたった今、ウクライナを挟んで向き合っているプーチンとバイデンをそのまま借りてきたのかというようで、読んでいると現在のウクライナ侵攻の具合もこうだったのではないか、と思わせるのにびっくりもし、ある意味で背筋が寒くなる感じでもあった。

この話ではウクライナではなくバルト三国のウイークリンクであるリトアニアへの侵攻が伏線にある。ロシアの大統領はアメリカを最初からなめきっていて好戦的な行動を繰り返すのだが、米国側は国際協調とか国連とか響きのいいことを繰り返し、国民の支持率優先の対応を繰り返す。ロシアは秘密裡に米国東海岸の軍港沖やパナマ運河に潜水艦によって機雷を敷設し、米国海軍が実質上動けなくしたうえでリトアニアへ侵攻してしまう。この危機を救うのが2隻の潜水艦の活躍なのだが、話はハピーエンドではなく、米国海軍で臨機の措置をとった責任者をこの大統領は更迭してしまう、という政治屋の理屈で終わるのだ。

ロシア大統領は電話で米国大統領を電話会談で、もう威張り腐ったアメリカを信用する国なんかない。そちらが勝手に冷戦などとでっちあげたり、ベトナムでは負けるし国家建設だのレジーム改革だの、結局はオイル会社の言いなりになっている間に世界はアメリカのいう事など信じなくなっていると面罵する。米国の優位性を否定しNATOは単なる社交クラブにすぎない、というのだ。そして次の電話会談では一方的にロシア軍の封じ込めによって米国軍は港を出ることはできなくした。もし公海上でロシア軍に敵対すればそれは開戦を意味する、と脅しまくるのだ。リトアニア大統領はひたすらに米国がNATOを指揮して救援することを哀願するのだが、大統領はこれに応えない。そして国務省や国防省の進言を退けてこういうのだ。”東ヨーロッパのちっぽけな畑のために核戦争を始めろというのか?それがロシアの望むところなのに。私は核戦争を始めた大統領として歴史に残されるのは御免蒙るよ”、と。いまウクライナ紛争が惹起しているのは、結局NATOも米国も社交クラブにすぎないではないか、という疑惑であり絶望なのではないか? そんな気を起させたのがこの本の後味である。

(面白いことに、カリブ海からパナマへかけて秘密裡に機雷を敷設するロシア海軍の旗艦がモスクワ、となっている。ウクライナが沈めたはずだよな?)

(ウイキペディア)ジョージ・ウォーレスは米国オハイオ州東部出身で、元海軍中佐。ロスアンジェルス級原子力潜水艦USSヒューストンで1990年2月から1992年8月まで艦長をつとめた。1995年に22年間の軍歴を終えて著作家に転じ、現在はヴァージニア州在住。ドン・キースは1947年生まれ。ジャーナリスト出身で、作家デビューは1995年。小説や軍事ノンフィクションの著作が30作以上ある。