エーガ愛好会 (154)シェラマドレの決闘  と マーロン・ブランド

(編集子)                               このシリーズでこれほど酷評を浴びた作品もめずらしい。”波止場” で初めて出会い、ゴッドファーザー で醸し出された雰囲気に酔い、西部劇で言えば 片目のジャック では不気味な雰囲気を味わった、エーガ世代を代表した名優にしてこのような結末?を見るのは何とも言い難い気持ちである。

(安田)
マーロン・ブランドは大人になりきれない子供っぽい性格が演技に表れるのが特徴だと思うが、彼は肩で風切って強がり、自分の弱さを覆い隠そうとする悪ガキタイプ。ジェームス・ディーンは逆に決して強がらない。女々しいばかりにナイーブで、自分の弱さを分かってもらいたくて試行錯誤し、母性本能をくすぐるタイプ。つまるところ両者とも成熟しきれないガキなのである。こういう大人になりきれない若者を描いた映画は二人がの登場する1950年代まではなかった。その意味で両者はアメリカ映画界の革命児的存在だったともいえる。ブランドは20世紀最高の俳優とも評され、確かに先に挙げた4本の映画に限っても彼の演技・オーラにはまさに度肝を抜かれた。

それほどの名優マーロン・ブランドが主演する西部劇映画が「西部劇の面汚し」と酷評されるとは・・・・どんな優れた俳優であってもキャリア全期間を通じて光り輝くのは難しかったのだろうし、出演する映画の脚本・監督・共演者なども常に質が高いとはいかなかっただろうし本人のスランプだってあったはずだ。。では、何故、出演をすることになったのか? 光り輝いた’50年代が終わり、’60年代になってからは質の高い映画に恵まれず焦ったのだったのだろうか?

(飯田)
「シェラマドレの決斗」のような、訳の分からない作品を貴重な(平日のこの時間帯に観るのは残りの人生時間の少ない後期高齢者や若くて忙しい主婦や主夫など)午後の2時間観るのならもっと益しな楽しめる、例えば2流映画で言えばコーネル・ワイルドやランドルフ・スコット主演の作品、女優で言えばジーン・ラッセルやヴァージニア・メイヨ主演の作品ならストーリーを度外視してまあ楽しめると勝手に思い込んでいます。

(保屋野)                               ネットに「西部劇の面汚し」とありましたが、全く同感。私も(ビデオで)途中から適当に流して観てました。
マーロン・ブランドが出ていたのは、最後の出演者紹介で知ったが、彼もこの出演を後悔したのでは・・・

(小泉)                                昨日の夜書いた原稿を発信しようとしたら、何通もの「シェラマドレの決斗」に対する感想それも好意的なものはなし?それを読んでから、原稿書き直すべきか?とも考えましたが、昨日書いたままの感想を其の侭送信します。如何に小生の感じ方が異常?なのか。マイペースなのか。

原題The Appaloosaは白と黒のまだら馬のこと。主演マーロン・ブランド(マット)の西部劇。監督がカナダ人のシドニー・Jフューリーという人で、マカロニウエスタンの影響を受けているようだ。主演はマーロン・ブランド、西部劇は「片目のジャック1960」「ミズーリブレイク1976」があるが、どれも西部劇らしくない独自の世界観を作り上げる異色作ばかり。

冒頭から、ラッセル・メティ撮影の画面はメキシコ大自然を捉えた山が湖に映る景観等の映像が美しく、時折クローズアップの望遠レンズの多様等の映像美を見せる。音楽はフランク・スキナーで、スパニッシュギターの静かな音色が印象的。その中を一人馬を進めるが、最初は髭を生やしていてマーロン・ブランド(マット)とは気が付かなかった。ブランドはバッファローハンターなのだが、その唯一の財産アパルーサ馬と共に故郷に帰り、其処でアパルーサ馬を種馬に牧場を始める積りだった。故郷はメキシコ人の養父に育てられ、義弟夫妻ラファエル・キャンボス(バコ)、ミリアム・コロン(アナ)が住んでいる。メキシコとの国境の町に着くと、教会へ行き、唐突に、過去の殺人や女性との関係を懺悔する。此処で地元の強盗団の首領ジョン・サクソン(チューイ)とその情婦アンジャネット・カマー(トリニ)に出会うのだが、その首領にアパルーサ馬に目を付けられ、その後盗まれてしまう。ブランドはその後サクソン一味と対決するものの。縄で縛られ川を引きずり回されたり、サソリを両脇に置かれた腕相撲で負けながらも、首領の扱いに嫌気を抱いた情婦アンジャネットや羊飼いフランク・シルヴェラ(ラモス)に助けられ、結局は岩上での首領との対決に勝利して、ブランドはアンジャネットと共に義弟のいる故郷の家に戻るのだった。

登場人物は、ブランド以外はメキシコ人ばかり{俳優はアメリカ人もいる}、その中でブランドは終始クールで物憂い感じで、大げさな素振りを見せない主人公を演じ、ニヒルながらも存在感を示す。サクソンも怒りを自然に出し、物静かに語るところは悪役には勿体ない感じ。全般的にクールに進むところは好感が持てた。

乱読報告ファイル (23)  普通部OB  菅原勲

両目の白内障を手術(5月23日)後、極めてすらすらと字が読めるようになり読書が捗っている。とは言え、その速度は絶頂期には遥かに及ばない。しかし、蛇足だが、その後、意外と面倒なのが一日四回の目薬。術後、読んだ本は、

「天離(あまさか)り果つる国(上)」、宮本昌孝、2020年 (時代小説)

「ビーフ巡査部長のための事件」、レオ・ブルース、1947年 (探偵小説)

「うさぎ狩り人(上)」、ラーシュ・ケプレル、2016年・(下)」(今風の北欧ミステリー)

「ボタニカ」、朝井まかて、2021年 (牧野富太郎の伝記)

「武士(おとこ)の紋章」、池波正太郎、1994年 (短編集(牧野富太郎の一編を含む)。ひろいものは「三根山」。

「グッドバイ」、朝井まかて、2019年 (大浦慶の伝記)

なんーだ、みんな絵空事じゃないか。これを見ると、「世のため人のため」になるようなご大層な本を読んでいるわけではない。しかし、全てに共通しているのは、面白いの一言だ。小生にとっては、夢中になって読む本が最高。しかし、唯一の例外は、今風の北欧ミステリー「うさぎ狩り人」。これだけは、最後まで馴染めなかった。

今、図書館から借りて読書待ちが、 「エイヴォン記」、庄野潤三 (チェーホフ、トゥルゲーネフなどの短編小説の紹介と身辺雑記)

図書館に予約済みが(ただし、借りても積読の可能性あり)、「高瀬庄左衛門御留書」、砂原浩太郎 (時代小説)

「黛家の兄弟」、砂原浩太郎 (時代小説)

「輝山」、沢田瞳子 (時代小説)

「ベルリンに堕ちる闇」、サイモン・スカロウ (ナチスものミステリー)

「白光」、朝井まかて (イコン(聖像画)画家、山下りんの伝記)

「日本共産党 「革命」を夢みた100年」、中北浩爾

ただし、最後の「日本共産党・・・」は、イデオロギーに凝り固まっていたら、即、退散。中公新書なので、そうではないと期待しているのだが。

(編集子)小生の ”乱読” の定義を考え直す必要がありそうだ…….ただし、万事、”居眠り” が終わってからのことになるけど。

(菅原 追記)大失敗を仕出かした。駄作と言うより、読むに値いしない本を選んでしまった。

庄野潤三の「エイヴォン記」だ。エイヴォンとは、隣家から貰い、机上の花瓶に活けた薔薇の一種だそうだ。その内容は、彼が読んで気に入った短編小説の紹介と(例えば、最初の奴は、マーロン・ブランド、フランク・シナトラ、ジーン・シモンズなどが出たミュージカル映画「野郎どもと女たち」の原作者、デイモン・ラニヤンの「プッチの子守歌」)、その身辺雑記なのだが。その短編のどこが面白くて、何に彼が感心したのかがまるで伝わってこない。加えて、身辺雑記とは言っても、実は典型的な私小説。孫を中心にした庄野一族の他愛もない話しが、延々と続く。そこで、第三章を読了後、早々と退散した。

何せ、小生の読書の出発点は、高垣眸の「怪傑黒頭巾」とか吉川英治の「神州天馬侠」だから、庄野と全く相容れないのは当然の話しであり、この乱読は最初から完全に間違っていた。「日経」の読書欄。「半周遅れの読書術」に女流作家、江國香織が推薦していたのに、うまうまと乗せられ、軽はずみな行動であったと反省しきり。先が長くないから、出来るだけ無駄なことはしたくないのだが、実際にはそうは問屋が卸さない。

(編集子)マーマー、そんなに難しく考える必要もないんじゃないか、御同輩。

村上から裏磐梯の新緑を堪能してきました   (HPOB 小田篤子)

新潟(村上)、裏磐梯に出かけてきました。村上へは遺品確認や法要で。お墓は《にいがた庭園街道》のパンフレットに載っているお寺(長楽寺)にあり、紫陽花はまだ蕾でしたが、庭の見学に来ている人もみられました。皆で昼食を頂いた能登新は、創業270年とか…、村上らしく軒に鮭が吊るされています。最近は村上もTVで時々紹介され、案内を片手に歩いている人を見かけるようになりました。帰りが雪や夜の事が多く、初めて落ち着いた城下町を歩くことができました。ついでに、TVで見て泊まってみたかった、裏磐梯高原ホテルに寄りました。

五色沼巡りは毘沙門沼、赤沼、みどろ沼……等8ヶ所をまわり、最後は林学博士であった中村弥六の名を付けた《弥六沼》です。この弥六沼はプライベートレイクで裏磐梯高原ホテルのお客さんしか見ることが出来なくなっています。

ホテルは磐梯山とこの沼に面し、絶景でした。図書室も広く色々な本が有りました。五色沼のブルーはそれぞれに違い、綺麗で、徒歩で1時間半程のちょうど良い運動になりました。我が家の今月のカレンダーは白神山地の青池…こちらも綺麗ですね。高速道路は新潟付近は果てしなく緑の田んぼが続き、その後は残雪の山や、木々の緑が続き爽やかでした。

 

(保屋野)村上と新緑の裏磐梯、うらやましい限りです。村上は、近くの日本海「笹川流れ」をクルーズしたことがありますが、期待以上の景観でした。裏磐梯は紅葉の時期に何度か訪れましたが、毘沙門沼のブルーが美しかった記憶があります。なお、カレンダーの「青沼ブルー」は有名ですが、私には「三大ガッカリ」、あの美しい色は、晴れた日の限られた時間しか見ることができません。

(安田)山形県の出羽三山に数年前行った(登った)時、新潟から鶴岡まで乗った羽越本線の列車で村上を通りました。笹川流れも“あっという間”ですが眺めることが出来ました。新潟県というより山形県の感じもします。村上からほぼ真東の方角にある山形県南陽市が僕の女房の郷里でした。村上のことはほぼ何も知りませんが、唯一皇后雅子さんの実家・小和田家の本籍地だというのは知っていました。それにしても小田ご夫妻の縦横無尽に国内外を旅される足腰の軽さには感心させられます。村上から裏磐梯、そして五色沼辺り新緑は見事なんでしょうね。羨ましい限り!

(編集子)安田君のため息に同感。会社時代長い付き合いでしたがこんなに活動的なレディとは存じませんでした。ダンナはもともとすばしっこい人ですから、多分そのせいかな、とも。裏磐梯は普通部時代に学校旅行で行ったのが初めてでしたが、まだ、蒸気機関車にひかれた列車だった記憶があります。当然、ホテルなんてものはありませんでした。

エーガ愛好会 (153) 大統領の陰謀

(船津)1972年6月17日、首都ワシントンD.C.のウォーターゲートビルで働く警備員のフランク・ウィルズ(演:本人)が建物のドアに奇妙なテープが貼られていることに気付き、ワシントンD.C.首都警察に通報。民主党全国委員会本部オフィスに侵入していた5人組の男は不法侵入の罪で逮捕された。
入社してまだ日が浅いワシントン・ポスト紙の社会部記者ボブ・ウッドワード(演:ロバート・レッドフォード)は、社会部長のハワード・ローゼンフェルド(演:ジャック・ウォーデン)から、民主党本部における不法侵入事件の法廷取材を命じられる。窃盗目的で押し入ったと思われていた容疑者たちの所持金が多額であった事と、所持品の中に無線機や35ミリカメラ等不可思議な物が含まれていたためである。予審が行われている裁判所に赴いたウッドワードは、共和党系の弁護士が傍聴に来ていることに不自然さを覚える。さらに容疑者のうちの1人、ジェームズ・W・マッコード・ジュニアが、CIAの警備官だったことを告白したとき、ウッドワードはこの事件が単なる物盗りの侵入事件ではないことを直感し、踏み込んだ取材を開始する。
一方、先輩記者カール・バーンスタイン(演:ダスティン・ホフマン)もこの不法侵入事件に興味を抱いていた。彼はウッドワードの書いた原稿を焦点が甘いと指摘し、推敲してみせる。ウッドワードは反発しつつもバーンスタインの手腕を認めざるをえなかった。2人の熱意を感じたローゼンフェルドは、ベテランの政治部記者に任せるべきだと主張する編集局長のハワード・シモンズ(演:マーティン・バルサム)を説得し、2人を担当記者にする。
当初は政府機関の厚い壁に阻まれ五里霧中の状態であったが、ローゼンフェルド、サイモンズ、編集主幹のベン・ブラッドリー(演:ジェイソン・ロバーズ)等、社の幹部の叱咤を受けながら取材を進めていく内に、僅かながら現れ始めた情報提供者や以前からのウッドワードのニュースソースである謎の人物ディープ・スロート(演:ハル・ホルブルック)からの助言・示唆により、現大統領リチャード・M・ニクソン再選委員会の選挙資金の流れの不自然さに行き着く。それによって侵入事件の全貌が次第に明らかになってきた。
事実関係の調査を済ませた記者たちは事件を記事にする。情報提供者たちの証言の裏が取れない内は断固として掲載を認めなかったブラッドリーもついに掲載を許可。記事が掲載されると、主幹のブラッドリーとワシントン・ポスト紙はニクソン政権から名指しで非難と冷笑を浴びる。さらには情報提供者にも証言を翻され、2人の記者は窮地に立たされてしまう。世間・一般市民の事件へ反応も薄い。そんな中ブラッドリーは編集会議で、あくまでも2人の記者を後押しするよう、幹部たちに厳命する。
ウッドワードはディープ・スロートからCIA、FBIなど諜報・捜査機関がニクソン政権に牛耳られようとしており、2人の記者のみならずワシントン・ポストの幹部も監視下にあると警告を受ける。深夜、自宅に来て状況を伝える2人に対しブラッドリー主幹は、合衆国憲法修正第一条で保証されている“報道の自由”を、そして“この国の未来”を守る為あくまで戦う事を告げ、そして二度とヘマをするなとハッパをかける。
1973年1月20日、再選を果たし、就任式で宣誓するニクソン大統領のテレビ中継が流れる中、ウッドワードとバーンスタイン両記者の打つタイプライターの音がワシントン・ポストの編集局に響く。2人が火を付けたこの事件の報道が端緒となって世論を動かし、やがて大統領の側近や政府高官を含める事件関係者たちは次々と起訴され有罪となる。ニクソンは1974年8月9日に大統領を辞任。ジェラルド・フォードが第38代合衆国大統領に就任した。

しかし、日本の西山太吉記者事件のように真実を報道するために取材すると、色々な個人的関係が入り込んでくる。これは情に通じる様な取材も同じ。真実を伝えるにはどんな努力も必要だが「取材源」だけは絶対に秘匿せねばならぬのが記者魂である。「大統領の陰謀」ではその描写が中々細かく描かれている。だが映画としてはやや入り組みすぎてわかりにくいところが多く、訴えるべき事項が霞んでしまう。同じワシントンポスト社を描いているペンタゴンペーパーズと比べると、方やベトナム戦争真っ盛りの1971年頃の情景、ウォーターゲート事件は3年後の1974年の頃で3年しか違わないが、スビルバーグは確りワシントンポスト社を復元して描いているのに対して、家具。器材など時代考証は「大統領の陰謀」は違う様で違和感がぬぐえない。

(関谷)愛好会の皆さんに釣られ、立て続けに「ペンタゴン・ペーパーズ」と

本日の「大統領の陰謀」を、雨読日でもあり、見てしまいました。聞屋さんの図々しさに、改めて、感心するとともに、気の弱い私では、絶対に務まらない職業だと痛感!「文春」の記者も似たようなものなのでしょうね!

ウオーターゲートビル

(保屋野)ウオータ―ゲート事件を映画化した作品ですが、(ペンタゴン・ペーパーズもそうでしたが)、巨悪に立ち向かう記者の奮闘ぶりはそれなりに楽しめましたが・・・ネットのコメントにもありましたが、何せ、登場人物が多すぎて、かつ電話のやり取りが多く、ストーリーを理解するのが中々難しい作品でした。私は、こういう複雑な事件は、映画より、NHKがよく放映している(解説付)「ドキュメント番組」の方が分りやすく、面白いのではないかと思います。D・ホフマンとR・レッドフォードの競演は見ごたえありましたが。

(安田)1972年6月17日のウォーターゲートビル内の民主党本部で起きた盗聴侵入事件発生からニクソン大統領の辞任の1974年8月9日までの2年2ヶ月間に及ぶぶ、ワシントンポスト紙の真実を掴み報道する自由を追求するジャーナリズムの信念に対して政治権力の相克を描いた映画である。

原題は「All the President’s Men」。先日、ブログにも載った映画「ペンタゴン・ペーパーズ」、更にウォーターゲート事件をFBI副長官の目線で描いた映画「ザ・シークレットマン」2018年制作、原題「Mark Felt: The Man Who Brought Down the White House」、 これら3本の映画は1971年から74年に起こったアメリア政府中枢の腐敗とも呼べる権力の乱用と自己正当化の傲慢な動きに真向から挑んだジャーナリズムとFBI副長官の孤独な闘いを描いた、アメリカの良心と正義を担保した映画とも言える。

「ザ・シークレットマン」はFBI副長官マーク・フェルト、後にウォーターゲート事件の情報提供者として知られる「ディープ・スロート」本人(対外的には秘密)の政府の公的な組織人の立場と個人的な自由と正義を守る信条の狭間で悩む一個人を描いた秀作。彼が「ディープ・スロート」ではないかと‘70年代には目されたが、本人は認めたことはない。2008年に85歳で他界するが、死去の3年前の2005年8月に自ら公表した。映画の制作はマーク・フェルトが自らを「ディープ・スロート」と公表してから13年後、死後10年後に製作された。それだけ時間の経過が必要であったのだろう。スティーヴン・スティルバーグ監督映画「シンドラーのリスト」主役を演じた北アイルランド出身リーアム・ニーソンがマーク・フェルトを好演した。この映画はFBI副長官の知ってしまった公人の葛藤と苦悩を闘ったを見事に描いた映画。「大統領の陰謀」と併せて観ると、ウォーターゲート事件についての理解がより増すこと請負。

(編集子)ワシントンポスト紙社内のシーンが迫力があった。ああいう場で仕事をすることを夢見た時代もあったのだが。

キャトルドライブ、カウボーイ、スタンピード、ジョン・チザム (44 安田耕太郎)

映画「赤い河」1948年や「スタンピード」1965年では牛の群れの暴走・スタンピードのシーンがある。両映画を観て、掲題の諸点について興味をもった。キャトル・ドライブを描いたクリント・イーストウッドの出世作となってTVドラマに「ローハイド」(1959~65年)放映があった。 

キャトル・ドライブ(Cattle Drive)とは牛の群れを輸送すること。輸送といっても鉄道や車に乗せて運ぶことではない。19世紀半ば頃から、アメリカの大草原地帯で増えた牛の群れを数百キロから1千キロ以上離れた鉄道の出荷駅まで運ぶ作業をことである。調べたところアメリカには元々キャトル(牛)はおらず、入植してきた、肉を主食とするスペイン人が持ち込んできた。スペイン人が撤退後はメキシコ人がそれをついでテキサスあたりで繁殖させた。その地域はメキシコとなって、バケーロ(Vaquero)と呼ばれるメキシコ人の牧場労働者が管理していたが、牛肉を食べる文化はスペインのもので、アメリカに住んでいた英国やスコットランドやアイルランド系の人々は牛を食べる文化がなかった。

アメリカとメキシコの米墨戦争(1846~48年)の結果テキサスはアメリカに帰属(映画アラモなどでも描かれる)。その頃までには所有主のいない野生化したテキサスの牛(Texas Long Horn)が無数に増えてきて、放置されたままになっていた。南北戦争が1865年に終わると、人々が西部に入植していって開拓が始まる。東部は工業も発達し、移民も増えて、人口が増え、食料の需要も増える。そこで目をつけられたのが、テキサスの無数の牛だった。これを捕まえて、食肉として消費地のカリフォルニアや東部に送ろうと思いついた人々がいたのだ。そこで、テキサスから、鉄道の出荷駅があるカンザス州まで数百~数千頭の牛を運ぶ “キャトル・ドライブ”が始まり、その仕事に従事する人を“カウボーイ”と呼んだ。我々が西部劇映画で馴染んだいわゆる“カウボーイ”は牧場で牛を育てる牧童主などを指す場合はあるが、彼らは厳密な意味では“カウボーイ”ではない。

大量の牛肉の消費地であるカリフォルニアや東部へ運べばいい金になるということで、テキサスからオクラホマを経由して、鉄道が敷設された出荷駅のあるカンザス州までチザム・トレイル(Chisholm Trail)と呼ばれる道を通って牛を運ぶ仕事をキャトル・ドライブ(Cattle Drive)と言った。カンザス州アビリーンまで鉄道がのびた時,家畜商人のジョーゼフ・マッコイJoseph G.McCoy(1837‐1915)はここに牛を集め,東部へ運ぶことを思いつき,当時テキサスでは1頭4ドルだった牛を40ドルで買うと宣伝した。たちまちカウボーイたちは,テキサスから〈チザム・トレイル〉沿いに,1000マイル(約1600km)もの距離をものともせず,年間50万頭の牛をここまで追ってきた。鉄道が西へのびるに従い,ほかのトレール(牛追い道)も開発され,ロング・ドライブ(遠い牛追い)に従事するカウボーイは時代の花形となった。…

最終送り先は大きな畜産取引市場のあったシカゴ。黄金時代は1866~1886年の20年間。カウボーイ(Cowboy)というのは元々キャトル・ドライブという牛を運ぶ危険な仕事をする牛の管理・運搬をやった男達のこと。一万頭の牛を運ぶというのは、1頭が何らかの理由でパニックを起こせば次々に伝播して大量の牛が一斉に暴走する危険な「スタンピード」(stampede) を引き起こす。「赤い河」や「スタンピード」の映画でもスタンピードのシーンが出てくる。更に、テキサスとオクラホマの州境を流れるRed River (映画の題名 – 下流ではミシシッピ河となりルイジアナ州でメキシコ湾に注ぐ)を1万頭もの牛を渡らせるのは至難の業。そして辿り着いたオクラホマは、当時、南部から強制移住させた先住民を住まわせる居留地で、警察も何もない無法地帯で、犯罪者・荒くれもの・流れ物の巣窟で危険極まりない地帯。牛泥棒が待ち構えていた。しかも川には橋がかかっていない。牛を渡河させるのは非常に危険で、しかもスタンピードという牛の暴走が始まるかもしれない。1回のキャトル・ドライブで何人ものカウボーイが当たり前のように死んでいく、地獄の旅だったわけです。従って、カーボーイは拳銃を保持し必要とあればそれを使って闘うのは当たり前。カウボーイが1回のキャトル・ドライブで稼ぐ額は相当なものだった。トレイルの沿線宿場町には一攫千金を当てたカーボーイたちが金を落とす仕掛けの酒・女・博打が大普及するのも自然の成り行き。そこには西部劇の題材となる話がごまんとできても何ら不思議はない。(安田注:スタインベックの小説「怒りの葡萄」では瘦せた土地で生活できないオクラホマに住む家族が新天地カリフォルニアを目指した苦難の旅を描いている。それほどオクラホマは貧しい土地だったのだ。)

黄金時代の20年間(1866~86年)に幕が下ろされるきっかけは、有刺鉄線の導入・普及。長距離の牛の輸送は必要がなくなり、有刺鉄線の塀に囲まれた牛の世話をするのがカウボーイ(というより牧童)となり、ダイナミックにチザム・トレイルをキャトル・ドライブする本来のカーボーイの姿と全く変わってしまった。本来的なキャトル・トレイル時代のカーボーイは尊敬されるべき特別な勇気ある男たちであったのだ。

テキサスの牛は基本的には野生なので原価はゼロ。カーフ・ブランディング(Calf branding)という焼き印をすることで牛の所有権を主張できることになる。「赤い河」では、キャトル・ドライブの隊長トム・ダンソン役のウエインの焼き印は左上に大文字の「D」、横に二本の曲線が斜めに走った印。二本線はRed Riverを表す。ジョン・ウエインは「赤い河」以後の西部劇出演でもこの焼き印のベルトバックルを常に着用していたとのこと。その位、彼はキャトル・ドライブ隊長役トム・ダンソンと一心同体化していたとも言える。

(編集子)いわゆる”カウボーイ”(安田君の定義のいかんにかかわらず)の現実がレコードケースの表紙を飾るようなロマンチックなものでなかったことは想像できる。同期の大塚文雄(フミ)も小生と同じに英語好きだが、彼から ”ぜひ読んでみろ。ただしちいとばかり大変だけどな” と紹介されたのが Lonesome Dove という小説だった。まあとにかく買ってみるさ、と例によってアマゾンに依頼。まもなく到着した本の暑さを見てうなった。842頁、自分が標準として計算しているポケットブックのほぼ3冊分、挿絵もなければなにもなし、1ページ41行、びっしりつまっている。フミへの敵愾心もあって何とか読み終えるのに3か月かかってしまった。しかしこの内容はさすがに濃厚だった。ストーリーはともかく、描写される当時の西部の生活、キャトルドライブでもなんでもいいんだがその生活のすさまじさ、自然との闘い、飢え、なるほど、西部開拓とはこういうものだったのか、となっとくさせられた1冊だった。

映画 チザム。実在した開拓のヒーロー、ジョン・チザムをウエインが、その相棒をごひいきベン・ジョンスンが務めた娯楽ものだが、チザムそのものは筋の上では添え物で、ストーリーの中軸にあるのはビリー・ザ・キッドことウイリアム・ボニーが恩人タンストウールを殺された復讐のため射殺し逃亡、のち、チザムを通じて友人でもあった保安官パット・ギャレットに最後は射殺された(映画ではこの部分はない)という史実をとりまぜた話である。このビリーの復讐を含んだ一連の騒動は地名にちなんでリンカーン・ウオーと呼ばれる。安田君が述べているチザム・トレイルは、西部開拓の引き金になったのが有名なオレゴン・トレイルであるとすれば、その開拓の成果をあまねく広げたトレイルということだ。一度アイダホ州ボイジーへ行ったとき、オレゴントレイルの一部が保存されているところまで行ってみたことがある。映画にでてくるロマンなどとは程遠い、わだちの後にすぎず、日本だったらそれらしい看板の一つもたてる価値がある風景を想像していて落胆したものだった。

 

世代を越えて―友人を持つことの幸せを実感

(53 林)昨夜は遅くまでお疲れ様でした。久しぶりに美味しい鍋を囲み、居心地の良いバーでの歓談でした。リモートでは決して味わえない楽しい時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございました。世代を越えた昨夜のような集まりがkwv三田会の良さと改めて感じ入りました。

(48 佐藤)楽しい会話と美味しい肉とお酒でした。ありがとうございました。帰宅後締めの一杯、では済まず結構やってしまいました。またの機会を楽しみにしています。

(47 関谷)私にとり、久々の、外飲み。楽しい一時をありがとうございました。無事帰宅。風呂に入って、最後の閉めの一杯をフロートでやっています! 又の機会に!

(編集子)日帰りWで久しぶりに顔を合わせ、以前からの計画を実行。小生と佐藤君はちょうど一回り、林君とも1.5回り違い。現役時代の仲間を越えて長く広い交流の楽しさと、もしOB会がなければ知り合うこともあり得なかった友人を持つ幸せを感じたことだった。このささやかなブログがきっかけで出来た”エーガ愛好会”も出発以来初めて、フェイスツーフェイスで会う機会を幹事役の安田君のお骨折りで今月末に開く。KWVOB, 小生会社時代の友人、顧客、それと普通部、高校、大学でのクラスメートと、世代と環境を越えた楽しい会合が待ち遠しい。これはSNS社会にして初めて可能になる交流だ。

 

エーガ愛好会 (152) スタンピード

(小泉) 原題名は「稀な品種」即ちセントルイスで行われる家畜売買会に英国からやって来た未亡人モーリン・オハラ(マーサ・エバンス、)とジュリエット・ミルズ(ヒラリー・プライス)の母娘が英国産の角のないアメリカでは人気のない品種の牛を競売に出品することから名付けられたが、地味なことからか邦名は、画中、牛の集団が悪役の銃弾により暴走する瞬間を捉えて題名としている。監督はアンドリュー・V・マクラグレンで当時ジョン・フォードの後継者ともいわれ本作から「チザム1970」「ビッグ・ケーヒル1973」に至り、古き良き時代の西部劇を見せてくれた。

主演ジェームス・スチュアート(サム・バーネット)が不器用ながら実直なカウボーイ、モーリン・オハラが男勝りの未亡人、ブライアンス・キース(アレキサンダー・ボウエン)が頑固一徹の牧場主に扮し繰り広げるドラマは、アクション、ユーモア、ラブロマンスが満載。フォード一家のベン・ジョンソンやハリー・ケリーjrをちょい役で出演させたりもして(フォード一家の)義理堅さも見せる。牧童頭のスチュアートがオハラとミルズの母娘と角のない牡牛をテキサスのキースが経営するボーウエン牧場に運ぶことになるのだが、途中牛の横取りを画策する悪人ジャック・イーラム(ディーリ・シモンズ)との確執やら牛のスタンピードや大自然の猛威等。邦名にしただけに、スタンピード場面は大迫力で馬車に突進してくるシーンは、まさかに人命が危険のように思われた。オハラに対するスチュアートとキースの恋の鞘当て、娘ミルズとキースの息子ドン・キャロウエイ(ジェミイ・ボウエン)との恋。連れてきた英国産牡牛は雪の中死体で発見されるが、それ以前のテキサスのロングホーンの牛との交配により子牛が誕生、品種改良による繁殖が成功したことからスチュアートとオハラも結ばれ
るのだった。
音楽が、あのジョン・ウイリアムス、昨今程の強烈なメロディではないものの心地よい気分にさせて呉れた。英国産牡牛が英国国歌が口笛で流れるとおとなしく動いて呉れたり、キースがオハラの気を引きたくて、スコットランドのバグパイプを弾く場面等洒落た趣向も多かった。

(安田)邦題の「スタンピード Stampede」は、動物の群れの暴走のこと。西部劇に現れるスタンピードは例外なく牛の暴走である。初めてスタンピードを知った映画はハワード・ホークス監督の不朽の傑作、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」1948年制作。この映画の見どころを表現しているのでしょうが、原題は「THE RARE BREED」、つまり稀な品種ということで、この映画の主役(?)である牛を指しているようだ。時代は、明らかにはされないが、1870〜80年頃であろう。

アメリカには元々キャトル(牛)はおらず、入植してきたスペイン人が持ち込み、スペイン人が撤退後はメキシコ人がそれを継いでテキサスあたりで繁殖させた。19世紀半ば頃(アラモの戦いの頃)までには野生化した無数のテキサス・ロングホーン(Texas Long Horn)と呼ばれる牛を運搬する仕事はキャトル・ドライブと呼ばれ、テキサスからオクラホマを通るチザム・トレイル(Chiolm Trail)沿に、鉄道の通ったカンサス州まで行き、そこから鉄道でセントルイスやシカゴまで運び畜産取引市場で販売していた。牛を運ぶキャトルドライブの仕事をしていたのがカウボーイだった。牛肉の大消費地である東部の人々の胃袋を満たす需給関係と流通システムが成立していたのだ。「赤い河」はまさにこのキャトルドライブに携わるカウボーイ達を描いた映画

いちおう西部劇だが、派手な銃の撃ち合いなし、インディアンも騎兵隊も保安官も出て来ない、イギリスの母娘と牛が目立つ風変わりな映画。アイリッシュらしい気丈な女性役のモーリン・オハラ、闊達な娘役ジュリエット・ミルズ、牧場主役ブライアン・キース、57歳ながら殴り合い場面も頑張った老優ジェームス・スチュアート、皆それぞれに適役だった。それからもう一人、いや、一頭のヒーローは、新種の牛です。これが英国国歌の口笛で指示に従うという厄介な牛。スコットランドのバグパイプ演奏、こういう趣向がなかなか洒落ていた。気軽に観れた1時間40分だった。

(編集子)名画 ”駅馬車” の有名な主題曲は西部に古くから伝わったカウボーイ仲間の愛唱歌 Bury me not on the lone prairie である。良く覚えていないが原曲の歌詞に long-horned cow という一節があった。テキサスから延々と大西部を旅したのはこのテキサス牛だったのだ。

ジン・トニックがお好きなようですが   (会社時代友人 齋藤博)

(編集子)先日人間ドックへ行って、その結果万事問題なし、ただ体重のコントロールは必要で、アルコール制御といわれただけ、と自慢したら斎藤さんから警報が届いた。ご同様の環境の方も多いと思うので、私信ではあるがご承諾いただいてその一部を掲載する。トニック愛好者の小川先輩、斎藤警告にしたがってバーボンあたりに変更しますかね。

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検査項目中にHbA1cというのがあるのですが、これで1〜2ヶ月間の平均的な血糖の状況がわかります。ただし、体重が増えているということですので、HbA1cがいくら基準範囲内であっても、血糖の微妙な高値が続いているかどうかは、この値からはわかりません。高値が続いていると、体重増加し、認知症や脳卒中、パーキンソン病などを引き起こします。

トニックウォーターは問題ですね。砂糖水みたいなもんですから。100ml中、9gが糖質だそうです。ビールや、日本酒ガバガバ飲んで、呂律が回らくなっているのと、何ら変わらない状態になりえますね。

蒸留酒は、糖質を含みませんから、バーボンOK、ウイスキーOK、ブランデーもOKです。どういうわけか、ワインも辛口はOKです。糖質を含まないので、基本的には、体重増加とは無縁です。肝臓、膵臓は問題なさそうですが、糖質は他の臓器で色々な悪さをするので「色々な意味」で、控えないと苦しんで過ごす日々が待っているかもしれません(週刊文春的な情報ですが、元日本糖尿病学会の理事長も個人ではゆるく糖質制限実施していたそうですが、学会長としてはその事を言えずに、任期を全うしたそうですよ)。