弥生の陽気とロシアのレンズ (普通部OB 船津於菟彦)

あっと言う間に弥生三月になってしまいました。そのスタートは晴天の温かさに恵まれ不要不急でしたが、御徒町まで行き先ずレンズを一つ買い、そして歩いて湯島天神へ参りました!例年でしたら「梅まつり」で賑わっているのですが、中止のためほどよい人でした。枝垂れ梅が満開でした。

さて、恒例ですと銀座で全日本クラッシックカメラクラブの春の写真展が在り、1900年より前のカメラなど古いカメラとフィルムで撮影した作品が展示され皆様に観て戴いている時期ですが今年はなにもかも中止でありません!残念です。熟年生は自分が生まれる前に作られたローライフレックス4×4と言うFilmCameraで木曽路で撮影した物を出展致しました。クラッシックカメラもな中々奥が深くマニアが沢山居られます。そしてそれに取り付けるレンズも色々で、これまたはまり込んだら最後抜けられないレンズ沼です。中には古いカメラから取り外してきて、活かしてデジタルカメラで撮影するとか。「色味が良い」「ポケがよい」「フレアーが綺麗に出る」とかある意味ではレンズ設計の失敗作かも知れませんがそれを又愉しむと言う事です。何でも愉しめるもんです。

弥生三月になり色々本を見ていましたらMIR-1と言うロシアレンズが出て居ました。「平和」と言う意味で、衛星にもそんな名前がありましたよね。MIR-1は1954年にソビエト連邦の光学工場の一つであるGOIにより開発されました。1964年にはZOMZ(ザゴルスク光学機械工場)へ生産が移管され、更に1992年にはVOMZ(ヴォログダ光学機械工場)へと移管されます。このVOMZ製モデルから名称をMIR-1Bと改めました。買ったのはMIR-1です。1970年頃製造。

日本もそうで在ったようにソ連も戦後、外貨獲得のためカメラ産業に力を入れ、ドイツの光学関係の機械とか人員を確保してきて、そのコピー的な物を生産してきました。日本も戦後、外貨獲得は先ずカメラからでした!二眼レフなどはA〜Zまでの名前があるほど中小企業も含めて製造してきたカメラ王国でした。
今、中国・台湾・マレーしア・タイ・ベトナムなどもカメラとカレンズを作り外貨獲得しています!歴史は回るですね。日本光学も日本での生産を海外に移しています。設計監理は日本でも生産は日本でないカメラが殆どになりました。

矢張り第二次世界大戦で破れ東西ドイツに分割され、東側はソ連-ロシアに支配それ、東ドイツ側にあったツアイスの技術者・機械施設はソ連に取られました。しかし、米国も一夜にしてその技術者と施設を西ドイツへ移送しました。ツアイスは東西に分かれてしまいました。ライツは西側に残ったため戦後、ライカ王国として君臨しました。そんな混乱の中上にある国営工場でカメラ・レンズをコビーしたものを生産したり、自己開発したりで外貨獲得に勤めました。そんな1970年頃作られたロシァレンズが結構今人気で日本のカメラファンの間で「ロシアンレンズ沼」にドップリの人もいます。クラッシックレンズはクラッシックカメラ同様に取り扱いは面倒ですが、その面倒さが面白いという酔狂な輩がいるんですよ。ご覧のように1970年頃作られた旧ソ連時代のレンズは結構写りは良いです。
まぁ色々な遊びが在るもんですね。新型コロナウィルス蔓延旋風に付き御身大切にお過ごし下さい。

 

エーガ愛好会(54) リオ・ブラボー  の楽しみかた

(小泉)岩山を背景に幌馬車隊の行進を描くタイトルバックの後、酒場の大きなドア、よれよれのシャツのディーン・マーティンがウイスキーを飲む無法者クロード・エーキンスを羨ましそうに見つめる。気付いたエーキンスが金貨を痰壺に投げ込む。マーティンが拾おうとすると、痰壺を蹴飛ばし、ライフル片手に、シェリフのジョン・ウエインが登場、銃身一振りでエーキンスを逮捕。物語は、この導入部から始まり、逮捕者エーキンスの兄ジョン・ラッセル一味との戦いとなる。

そもそもハワード・ホークス監督は「真昼の決闘1952」への反発から、この映画のアイデアを得たと言われる。土地の所有権や町の支配権をめぐって拳銃がものをいった、いわばガンファイターの時代の西部劇の代表作と言える。「真昼の決闘」のように、誰一人協力しようとせず、苦悩しながら、恐怖におびえながらも、責任感で持って迎え撃つことになったのと違い、同様な背景に、アル中の保安官補ディーン・マーティン、足の悪いよたよたの老助手ウオルター・ブレナン、若い小僧っ子リッキー・ネルソンの三人の半端な男たちに助けさせ、逆に血湧き肉躍る豪快なイキのいい映画を作ったのだ。アメリカには、建国の理想である独立自尊、孤立しても戦うヒーロー賛歌というイメージがあり、ウエインは、すごい悪漢どもの中で、危機に陥っても、そうであればあるほど楽しくてしょうがない顔をして活躍していた。

最初のほか、見せ場が多くて紹介しきれない。難関を男の友情によって乗り越える場面では、アル中のマーティンが震える手で煙草を巻けないで、イラつくところへウエインが巻いた煙草を差し出してやる。丸腰のウエインが三人の敵に襲われ、リッキーの機転で、 アンジー・ディッキンソンが窓に植木鉢を投げつけ、その音に驚いた敵をやつける場面は、立てかけてあった銃をウエインに放り、受け止めたると同時に引き金を引く。クライマックスは、捕われたマーティンと逮捕者エーキンスとの交換での射ち合い、ブレナンも加わり、ダイナマイトを爆発させ降参させる。最後は、ディッキンソンの黒いタイツに絡んだお色気場面も。

音楽が「真昼の決闘」のディオトリー・ティオムキン。「OK牧場の決闘」「アラモ」「ローハイド」「ジャイアンツ」等一世を風靡したヒット曲だが、カントリー・ウエスタンでない全てが雄渾壮大な曲だ。弟を留置された兄ラッセルが宣戦布告を合図する「皆殺しの歌」は風雲急を告げた。マーティンとネルソンの二人が出演していて歌わない法はない。シェリフの事務所で、ネルソンがギターを弾きながら、ブレナンもハーモニカで参加、マーティンとデュエットで「ライフルと愛馬」、続いてネルソンのソロで、「シンディ・シンディ」。

(小田)小泉様が詳しくお書きになっていましたように、ジョン ウエインを中心に、(Everybody loves somebody sometimeの唄の)ディーンマーチン、ちょっと愉快なウオルター ブレナン、若々しいリッキー ネルソンが仲良く歌ったり、ユーモアを交え、助け合いながら闘う、楽しく観ていられた西部劇でした。スタイルも抜群な網タイツ姿のアンジー  ディキンソンの実生活での再婚相手は、いろいろなヒット曲を作ったバート バカラックと知り驚きました。

(相川)保安官ジョン・ウェインは町の見回りにいつもライフルを持ち歩いていまき、町から逃げる一味を遠くから射撃したり、通リを隔てた最後の銃撃戦にライフルは威力を発揮していました。リッキー・ネルソンが、ジョン・ウェインのピンチを救うシーン ガラスの割れる音の一瞬の隙に敵を打ち抜くとなると どうしても 拳銃(コルト系短銃)の世界となります。

西部劇は好きだけど ジョン・ウェインはどうも と言う人も中には いるようです。その理由を問うと、図体も大きいが態度もでかい。淀川長治氏がジョン・ウェイン、ジョン・ウェイン、と言い過ぎていた。そして彼には決闘場面が少ない と挙げていました。インデイアンとの集団銃撃戦のイメージが強いようです。駅馬車の窓から身を乗り出してライフル(ウインチェスター)を構える若き姿にしびれた人も多いのでは。ジョン・ウエインに扱いにくいライフルが似合うのは、彼が長身だったから。どうも と言う人のイチオシは 先日放映の「捜索者」でした。一皮むけたジョンウェインでした。

・味のある演技を見せてくれたウオルター・ブレナン
4人目の保安官役。歳だからって牢番にしやがって といいたげでした。
独特の歯抜けのしゃべり方は、若い時撮影中に 馬に蹴られて歯を殆ど失ったため、らしい。230本の映画に出演した名バイプレーヤーで、アカデミー助演男優賞を3回取ったのは彼だけとのこと。受賞は1930年代。  出演時間は少なくても存在感がありますね。
西部劇には凄みのある悪役と共にこういったひょうきん役もいるといいですね。「ローハイド」のウィッシュボン爺さんを思い出しました。 「ウイッシュボン」と言えば新宿にウェスタンバーがありましたね

(編集子)この映画の封切りが1959年、つまり小生大学3年在学中。いつ、どこで、だれと観たか、まったく記憶にない。三田から有楽町映画街へ、3人もそろえばタクシーを飛ばして行っていたころだったのだが。

ウエインの西部劇も後期にはいると、フォードの詩的な雰囲気を持ったものから小泉さんが指摘されているように娯楽性の高い作品が増えてくるがその先陣を切ったのがこれだろう。何回か書いたが、エル・ドラド、チザム、エルダー兄弟、などなどがこの系列だ。なかでも チザム はジョン・チザムという実在の人物と、”リンカーン・ウオー”とまで言われた開拓者間の大規模な抗争、悪名高いビリー・ザ・キッドと最後には彼を射殺したシェリフ、パット・ギャレットというこれも実在の人物を組み合わせた作品で娯楽性も当然だがそういう史実との対応が面白かった。しかしこのリオ・ブラボーは徹底した娯楽作品として作られていて、そういう意味ではあっけらかんと楽しめばいいものだ……….と言ってはいけないのだ。なぜか。ディーン・マーティンが ライフルと愛馬 をうたった作品だからである。この歌をワンダーの世界に持ち込んだのは僕らの2年下、林裕(ウクレレ)で、何となく小生がほれ込んで(歌にである!)、”持ち歌”にさせてもらったという歴史?がある。歌そのものはもちろんだが、キャンプサイトで飯盒の焚き具合を気にしながら夕暮れを楽しむ、といった雰囲気を持った歌詞が気に入ったからだ。そんな時を過ごすことがこれからもあるのだろうか?

”ダイヤモンド富士” を逸す   (34 小泉幾多郎)

わがマンションからの夕方のダイヤモンド富士を狙っていました。昨日(2月28日)か、一昨日(2月27日)当たりかと思ってましたが、残念ながら雲に覆われ2月28日の写真の如く太陽が現れず、今日3月1日も予報では、曇りでしたが、富士山が現われて呉れました。17:05の写真では、太陽は富士山のほぼ真上にありましたが、沈んだところは右肩付近。残念でした。

 

(編集子)今後、マンションの価格には 眺望うらやませがらせ性 とか 優越感自動発生可能性 なんてものも含めてほしいもんだ。一度、高尾は細田小屋のおやじに、ここからなら絶対に見られる! とおだてられ、月いち高尾を冬至の日にどうかと企画したら遠藤から、だけど、おめえ、帰りは真っ暗だぜ。年寄りの足元は大丈夫か、考えてんだろうな? と脅かされてあきらめたことがある。それにしてもこの男にここまで細やかな顧客への気配りを植え付けるたあ、さすが、大手筋の社員教育は大したもんだ、と感心したものだった。4号路に街灯がつくことはないだろうし、もうだめだろうなあ。

エーガ愛好会 (53) 遥か群衆を離れて

(安田)「ドクトル・ジバゴ」のジュリー・クリスティ主演映画ということで「遥か群衆を離れて」(Far From the Madding Crowd)は随分昔に観ました。冒頭の牧羊犬が羊の群れを絶壁断崖から海に追い落とすシーンには度肝を抜かれたのを覚えています。イギリスの緑豊かな農園風景と19世紀の農家の暮らしは興味深い。クリスティは優柔不断な女農場主役で、「・・ジバゴ」のララ役程のきらめきは見られませんでした。3人の男の一人ピーター・フィンチに注目して観ました。オードリー・ヘップバーンと共演の「尼僧物語」1959年のアフリカ・ベルギー領コンゴでの外科医役、アカデミー主演男優賞獲得の「ネットワーク」1976年のニュースキャスター役が印象に強く残っていたので。ローレンス・オリヴィエと結婚中のヴィヴィアン・リーとの不倫関係でも知られた存在でした。アカデミー賞授賞式直前に急性心不全で急逝。アカデミー賞史上初の死後受賞となりました。

(久米)録画しておいた1967年のイギリス映画。「遥か群衆を離れて」を観ました。これが何と23:45からの放映でしかも休憩が入る約3時間の長い作品でした。イギリスの作家トーマス・ハーディの作品でヴィクトリア女王の時代のイギリスの農園を舞台に女主人公の恋愛映画でした。2015年にもリメイクされているようです。この時代には珍しく女主人公が農園主になり、3人の男との恋愛が描かれています。男を見る目が無い主人公でイライラさせられますがイギリスの田園が美しく農園の日常も詳しく描かれていて時間を忘れてみました。何か拾い物をしたような気分でした。時々変則的な映画放映があるのですね。

あっという間に春です。桜が咲く頃にはコロナ騒ぎなんとか沈静しますでしょうか。そうなりますように祈ります。

(保屋野)「遙か群衆を離れて」・・題名が名作っぽいので観たのですが・・・結構長編でしたね。

さて、映画は「イギリスの女農場主を巡る⒊人の男」といった恋愛映画で、ドクトル・ジバゴでララ役を好演した、ジュリー・クリスティーに期待して観たのですが・・・彼女は演技派女優としては魅力的かもしれませんが、とても、大勢の男性を夢中にさせるような「キュートな美貌」の持ち主ではないですよね。更に性格も高慢で(もちろん、映画の話ですが)このヒロインに関してはミスキャストと云わざるを得ないのではないでしょうか。私が監督なら、(若い頃の)シャーリー・マクレーンを起用したい?話題の、ヴィヴィアン・リーやエリザベス・テーラーはどうか?ただ、ストーリーは中々面白く、イギリスの美しい農場風景と併せて、観る価値はあった「惜しい名作」でした。

僕の山靴  (39 堀川義夫)

年末に燕岳に行くための準備をしていたところ、冬山用の靴に不具合を見つけた。アッパーとソールの結合部分に隙間があるので、接着剤で補修しようと周りを押してみたら・・・あっけなくソール全体がパッカリと外れてしまった!! ショック!!

左の写真の左の青い靴は2007年に購入したものでご覧のようにソールが見事に外れてしまいました。私の雪山行に何時も頑張ってくれた靴です。アッパーは何でもないのですが、インナーは結構ボロボロでしたので、経年劣化やむなしと右の黄色い靴に買い換えました。アイゼンを付けた場合、非常に危険と思い新調しました。接着剤で補修しようとしましたが、愛着があるだけに非常にもったいない気分です。

ついでのことに、山靴を一堂に並べてみました。結構の量感ですね。最前列左から冬山用、長期の縦走残雪期用、夏の縦走用。中段左から低山歩き(ローカット。もうすぐダメになる)、ハイキング用(還暦記念に赤いので購入。何時ダメになってもおかしくない)ハイキング用(最近一番履く靴)最後列左からタウン兼用のウォーキング用、沢登り用、ハイキング(ローカット.新調)。最近、中敷きを買ってみた。税込みで約22000円。金額に見合った効果があれば良いと思っているが・・・??である。確かに歩いていてバランスが多少改善されている感と疲労も少し軽減されるような気がしないわけではない。ゴルフなどにも良いそうだが、利用を薦める物ではありません。ご参考まで!!

古き良き時代のエーガ (1) ”探偵物語”   (普通部OB 船津於菟彦)

日本公開は1953年2月となっているのので普通部2年の時の映画鑑賞会で多分日比谷映画に見に行ったと思う。中学生がこの映画を「鑑賞会」として観に行ったという事で、引率の先生は糾弾されたとか言う話があるが、何処吹く風で、その後も東劇とか有楽座のロドショーの映画をよく見に行きました。さてさてさて。何が問題だったんでしょか。余り筋も覚えて居ませんが、エーガ鑑賞会が父兄会で問題になったという事だけ良く記憶しています。
ストリーはニューヨーク21分署の刑事たちの一日を描いたシドニー・キングスレーの舞台劇の映画化。違法な堕胎を行う悪徳医師の摘発に躍起になる鬼刑事とその妻の秘められた過去、会社の金を横領した青年、初犯の万引女性、二人組の強盗等の話に刑事同士の葛藤を織り混ぜた人間ドラマの秀作。ほとんどの舞台を刑事部屋だけに限定し、巧みな脚本と名監督W・ワイラーの緊張感ある演出ですこぶる上質な会話劇を作り上げていて、見応えがあった。
問題は鬼刑事-カーク・ダグラス-の新妻メアリー-エリノア・パーカー-(凄い魅力的だった)が鬼刑事が追及していたシュナイダー医師によって堕胎の手術を受けていた事実を知ることとなる。

Eleanor Parker, ca. late 1940s

カーク・ダグラス演じる鬼刑事はカーク・ダグラス心優しく、美しい妻を許したいと思いつつも、生来の厳格な性格から、心から許すことができないマクラウドは苦悩する。色々な葛藤の末鬼刑事は強盗犯に近づき腹に三発の銃弾を受ける。救急車を呼ぼうとするが、鬼刑事は死を覚悟し牧師を呼べと言う。死を目前にして鬼刑事は、メアリーの名を呼び、神に救いを祈りながら息を引き取る。
問題は「堕胎」と「姦通」では無いか。今だったら問題にもならないと思うが、矢張り当時はね。

しかし、舞台劇を映画にしただけ在りウィリアム・ワイィラー監督は上手かった。エリノア・パカー大人の魅力良かったなぁ。

“週いち 一人高尾” 3回目

目が覚めて手元の時計を見たら6時半過ぎだった。急に決心して(日曜だから混んでいるだろうなあ)と思いつつ、つつじが丘駅発7時47分という急行に乗った。高尾山口での下車はまだそれほど多くない。先回の1台後、9時ちょうどのケーブルに乗り、今回は真面目に薬王院裏の階段を上って山頂。先回休日の時の保屋野君情報もあって、混雑は覚悟していたがまだ早いせいか、それほどでもなかった。4号路から1号路。高橋屋でそばを食べようと思ったらなんと満員、順番待ちの人がさすがに店内ではあるがびっしりと並んでいる状況。あきらめて他を探したが今度は休業が多く、あきらめて汁粉を食べた。前にも一度、月一の仲間と来たことがある店だが、今度は客は小生のみ。客席横に並べられていた人形を見て改めてめぐる季節を感じた。高尾山口発の準特急がなんと11時47分、2駅間にすぎた時間はちょうど4時間。

読んでみませんか?

明けておとといの朝、開いた新聞の広告に載っていた新刊がなんとなく面白そうで、ちょうど出かける(不要不急かどうか判断が難しかったが)必要があり、電車の中で時間をつぶそうかと買ってみた。あまり期待していなかったが、実に面白い本だった。

著者は船舶技術者で、その方面でのご業績は存じ上げないが、この本はあくまで 一技術者から見た歴史の解析、繰り返されていて 歴史のIF に挑戦した本ではない。日本史上のいくつかのトピックのうち、蒙古来襲、”麒麟”で記憶に新しいが本能寺の変の後を引き取る形になった秀吉のいわゆる 中国大返し、それと太平洋戦争の間に就役した戦艦大和の話である。ただ正直、最後の大和の話は著者が船舶設計のプロであることから関心を持たれたのは理解できるが、タイトルー戦艦大和は無用の長物だったのか?-から想像した内容ではなかった。

しかし後の二つについての話は実に面白い。コロナ鬱対策としてぜひ読まれることをお勧めしたいので、詳細には触れないが、蒙古軍が九州まではるばるやってきて一晩で撤収に追い込まれたのはなぜか(我々が教え込まれてきた神風、現実には台風が原因とする論拠に真っ向から反駁)、通説では戦場から京都まで220キロの行程を8日間で2万人の軍勢が踏破することは物理的に可能だったのか、エンジニアの立場に徹して、だれもが疑うことができない事実というか、物理的条件から説き起こす話は下手な小説よりも面白い。

例えば、歴史にいう蒙古軍の軍勢を運ぶ船を作るのに、どれだけの木材が必要だったか、といえば、著者の控えめな議論でも、東京ドーム150個分に相当する面積を占めるだけのマツがなければならなかったが、これが当時の高麗で手当てできたのか?とか、今まで言われてきた蒙古軍の武器が鎌倉武士のそれよりもすぐれていたというのは本当か?といった議論はしっかりした数字を挙げて論破されているし、中国大返しを言われている通り実行したとすれば、1日40万個のおにぎりが必要なはずだし、もっと面白かったのは、それだけの人間が毎日排泄する糞尿はいったいどうして処理できたのか? 光秀の対戦になった山崎で、実際に名前が残っている大名はすべて近畿近郊のものだけで、いったい秀吉直属の軍はどれだけいたのか? などなど、とにかく面白く、歴史学者の説が古文書のように疑えばその真偽まで問われるものと違い、物理的な法則や数字によっている強みがある。

“麒麟” の余韻がまだ残っている中でこの本に出合ったのはある意味では面白い偶然かもしれない。講談社ブルーブックス、1000円は高くない。一読をお勧めする次第。

 

如月随想     (普通部OB 船津於菟彦)

如月と言う言葉は何となく音で言うとウキウキしてくるような感じが致します。新型コロナウィルス蔓延旋風で正月も冬も何もかにも無いような感じで時のみ過ぎ去っていきます。それでもコブシは綻び梅は満開・そして緋寒桜も早くも満開で時は過ぎ去っていきます。

高齢の年金生活者は確定申告をしなければならないので、e-Taxでとお上は言いますが、意外と面倒なので年に一度のことなので、personal computerで作り、プリントして届けに参りました!そして受付印を貰うと何か「春が近づいた」感じが致します。
そんな折りに渋谷・Bunkamuraで「写真家・ドアノー/音楽/パリ展が開催されていて拝見に参りました。ローライフレックスでパリの雰囲気をとらえています。

間もなく御命日を迎える、写真の我が師の金井浩先生がミノックスでとらえたパリの写真が正にそれですね。ミノックスクラブの会長を長く勤められて、最後まで好奇心を失うこと無く、我々に人生も教えて下さいました。2010年3月3日に97歳で逝去されました。やはりミノックスクラブのお仲間の彗星等の研究者・関勉さんが発見した惑星にカナイと言う名前を付けて今も空を回っています。

そして、「歴史探偵団長」の半藤 一利(はんどう かずとし)が1月12日逝去されて、改めてその数々の本を読み返しています。東大の学生との対話では「とにかく戦争は駄目だよ!是非とも百年の平和を守って貰いたい。若い人たちは最近よく物を考えるようになっているので期待していますよ」と昭和を生きぬいた「歴史探偵団長」の死は惜しい。
B面の昭和史は面目躍如!歴史はA面だけでは無く、B面社会の裏側に在りと。

明るいにユースは大阪なおみの全豪オープンテニスで優勝し、屈託の無い発言が世界に影響を与えている。「ハラハラさせながら余裕の優勝」素晴らしい。
新型コロナウィルス蔓延旋風の中明るい話題を提供してくれました

今、近くのすみだ北斎美術館では浮世絵の肉筆画展が開催されていて、新発見の絵とかの肉筆画が展示されている。
筆魂」展-絵師の魂、筆に宿る!絵師の魂を感じる「肉筆画」が集結目玉
岩佐又兵衛の金谷屏風からとか北斎一族総出演の新発見の肉筆画?ー北斎・歌川豊国・勝川春扇・勝川春周・勝川春好「青楼美人繁昌図」そして喜多川歌麿「隈取りする童子と美人図」再発見最後は葛飾北斎と歌川国芳の幕末を飾る両袖の肉筆画。中々素晴らしい絵画展です。

時は過ぎで新型コロナウィルス蔓延旋風もどうやらトンネルの向こうが見えてきたかも知れませんが、多分長い付き合いになるのではと思います。
ウィルスは思わぬ時に出現して、人類に警告を与え時代を変え行く様です。
「コロナ終息後我々の日常はどう変わるか?」と仲間でZOOMで語り合いましたが、大きく生活様式が変わっていくことだけは確かですね。「安心」「人との絆」これは大事。

コブシも咲き、間もなくサクラも咲いてくることと思います。時は巡ります。

エーガ愛好会(52) 捜索者

What makes a man to wander ?

What makes a man to roam ?

What makes a man leave bed and board

And turn his back to home ?

Ride away, ride away, ride away……….

 

この映画のバックに流れたサンズ・オブ・パイオニアーズ の重厚なコーラスほど、心にしみた映画音楽を僕はあまり知らない。

ジョン・フォード監督、ジョン・ウエイン主演、フォード一家メンバーが集うということだけで、イメージが確立してしまっているそれまでのいくつかの作品とは全く違った、心に染みるフィルムだ。

ウエインの遺作、とだれもが納得してみた ラスト・シューティスト はウエインという俳優自身にささげられた挽歌なのだが、捜索者 はもっと広く、というか深く、というか、いい表現が見つからないのだが過去を背負った人間の、残された時間の生き方、そういうものを感じさせる。自分自身が老境にはいってみて、また感じることがあったのではないか。たしか、この作品を見たのはこれで4度目になるのだが。