”炭素文明論” フォロー    (HPOB 小田篤子・42 保屋野伸)

科学の為になるお話をありがとうございます。私は世界史だけでなく、科学も、寝てはいなかったのですが、ぼーっとしていたようで、全く( ゚д゚)ですが。
ずっと前に読みました、イギリス人、ロバート・フォーチュン(1812~80)の伝記「紅茶スパイ」を思い出し、googleを観ていましたら、「炭素文明論」と合わせて読むとさらに面白い…と書かれていました。
フォーチュンは、東インド会社社員で、”植民地で、植物を原料にした産業を興し、発展させること”を仕事とした植物者です。
アヘン戦争を経て弁髪にし、中国人に変装し、中国内陸部に潜入、お茶の種や苗木を盗み出し、イギリス領にしたアッサムやダージリンでの栽培を試みました。
紅茶はイギリスの発展の為、
①沸騰したお湯での殺菌
②ミルクや砂糖を加えることで、貧困層も栄養接種
③カフェインが神経を集中させ、難しい仕事も可能に。
④妊婦から乳児の健康も改善
……等の健康面からも良かったようですね。
フォーチュンは幕末(1860~62)に2度来日し、色々な植物を持ち帰り、「幕末日本探訪記」を書いて、外国人から観た日本史の資料としても使われています。
ロバート・フォーチュン

スコットランド、ベリックシャーの小村エドロム生まれ。エディンバラ植物園の庭師となり、次いでロンドン園芸協会付属植物園の温室係となった。アヘン戦争の講和条約である1842年南京条約により香港がイギリスに割譲され、また5港が開港されると中国産植物に関心を持っていた園芸協会によってフォーチュンがプラントハンターとして派遣されることとなった。フォーチュンは1843年7月6日に香港に到着[3]。緑茶と紅茶は製法が違うだけで同じチャノキから作られることを発見し、それぞれが別種とされていた定説を覆した。外国人は開港地周辺以外への立ち入りは制限されていたため植木屋や中国人が花木を植えていた墓地で植物を収集したが[5]、中国人に扮して蘇州まで行ってもいる。また、マニラも訪れ、蘭の一種Phalaenopsis amabilisを入手した。1846年5月、フォーチュンはレンギョウ属、タニウツギ属、スイカズラ属、シモツケ属、カリガネソウ属、ガマズミ属など、250種の植物とともにイギリスに戻った[8]。フォーチュンはウォードの箱を最初に本格的に用いた人物であり、この時の輸送にウォードの箱が用いられている

(齊藤)ロバート・フォーチュンと言う人がいたんですね。全く知らなかったです(…と思います)。シーボルトにも会っているとのことで、これはおもしろそうです。「紅茶スパイ」ほしい本のリスト入りです。「幕末日本探訪記」にも興味を惹かれます。

イギリス人の紅茶好きは、イギリスの歴史上で、いろいろなエピソードに絡んで
いるようですね。この辺を掘り下げると、面白い話がたくさん出て来るのかもしれないです。

(保屋野)炭素のお話興味深く拝見いたしました。地球温暖化の元凶とされている炭素の有益性は、先日NHKの科学番組で放映されていました。

炭素原子(原子番号6)は、陽子6個、中性子6個の原子核と6個の電子で構成されていますが、その起源はネットによるとビッグバンで生まれた水素(原子番号1)とヘリウム(原子番号2)のうちヘリウム3個が結合して生まれた、とありました。何時生まれたはよくわかってないようですが、125億年前の宇宙観測ではその存在が確かめられているようです。

しかし、自然界にはわずか94の元素しかなく、それぞれの原子が陽子・中性子・電子の数で性質が異なってしまう、というのは不思議です。脱炭素社会なんてとんでもない、炭素なしには我々の存在すらないのですから。

(編集子)エーガ愛好会目線で思い出したのは ”遠すぎた橋” で、決死的な白昼渡河作戦を命じられた米軍将校ロバート・レッドフォードが、その近くで悠々と紅茶を飲んでいる英国兵士を見て激怒する場面があった。この映画は同じ時期を扱ったスペクタクルものでも 地上最大の作戦 が連合軍のサクセスストーリーで仲間内のあつれきなんかは一切―扱わなかったのに、アイゼンハワーに敵愾心を燃やした英国モンゴメリ指揮の作戦の失敗を描いたものだけに、このような背後での話がいろいろとあって面白かった。